投影バイアス(projection bias)は、現在の自分の好み・感情・身体状態が、未来の自分にも続くと見込みやすい傾向です。たとえば空腹のときに、数日後にも今と同じ量を食べたいと予測してしまうような場面を指します。
日本語では「自分の考えは他人にも当てはまるはずだ」と見込みやすい社会的投影や偽の合意効果を、投影バイアスと呼ぶこともあります。本記事では両方の研究を区別して扱います。いずれも人を診断するための言葉ではなく、相手や将来の自分を見積もるときに起こりうる偏りを考えるためのレンズです。
1. 日常で起こる「投影バイアス」の例
自分の感覚を出発点にすること自体は自然です。ただし、相手の好みや将来の条件まで同じだと決めると、すれ違いが起こることがあります。
「自分が好きなもの」をプレゼントする
自分が気に入った本や道具を選ぶとき、「自分がうれしいのだから相手もうれしいだろう」と考えやすくなります。相手の普段の好み、すでに持っているもの、使う場面を聞くと、推測だけで決めにくくなります。
「普通はこうするよね」という言い方
自分の経験や価値観を「普通」として話すと、別の事情を持つ人の選択が見えにくくなることがあります。意見が割れることは、どちらかが非常識だからとは限りません。判断の前提や優先している条件が違う場合もあります。
満腹時の買い物と、空腹時の買い物
空腹や満腹といった現在の状態は、将来の欲求の見積もりにも影響します。空腹のときに買いすぎたり、満腹のときに必要量を少なく見積もったりすることがあります。これは必ず起きる現象ではありませんが、現在の状態が強いときほど、別の状態にいる自分を想像しにくいという投影バイアスの例として研究されています。
2. 「看板を背負って歩けますか?」を調べた研究
他者への投影を扱う代表的な研究に、Lee Ross、David Greene、Pamela House による1977年の偽の合意効果の研究があります。これは、現在の自分を未来の自分に当てはめる投影バイアスとは区別されるものの、日本語で「投影バイアス」と呼ばれることがある現象です。
実験の設計:サンドイッチマンの依頼
学生は「Joe’s」という店の広告看板を身につけ、30分間キャンパスを歩く依頼を受けました。その依頼を受けるか断るかを選んだ後で、他の学生のうちどれほどが同じ選択をすると思うかを予測しました。
研究から分かることと、分からないこと
依頼を受けた学生は、他の学生も受ける割合を高く見積もり、断った学生は、他の学生も断る割合を高く見積もる傾向を示しました。原研究のこの課題では、受諾者の予測平均は62%、拒否者の予測平均は67%でした。これは一つの実験課題での結果であり、誰もが常に自分と同じ選択をすると考えるという意味ではありません。Mullen らのメタ分析でも、偽の合意効果は対象や測定方法などによって大きさが異なることが示されています。
3. 自分を基準にしやすい理由と、確かめ方
他人の事情や将来の状態を直接知ることはできません。そのため、自分の経験を手がかりにすることは、判断の出発点として役立ちます。問題になるのは、その手がかりを唯一の答えとして扱うときです。投影バイアスだけで、コミュニケーションや買い物の失敗をすべて説明できるわけではありません。
自分の経験を出発点にしやすい
自分の経験はすぐ思い出せるため、相手や未来を考える際の基準になりやすいものです。社会的投影の研究では、自分の態度や行動を基準に他者の分布を推測することが扱われます。相手について具体的な情報があるなら、それを自分の感覚より優先して考える余地があります。
現在の状態を未来にも当てはめやすい
Loewenstein、O’Donoghue、Rabin は、現在の好みや状態が将来の効用予測に影響することを「projection bias」として理論化しました。強い感情や身体状態があるときには、落ち着いた状態の自分が何を望むかを別に考えることが役立つ場合があります。ただし、将来の好みは実際に変わることもあり、正確な予測が常に可能になるわけではありません。
確認のためにできること
相手については「私はこう思うが、あなたはどうか」と聞くこと、将来の選択については時間を置いて再確認することが基本になります。買い物なら、空腹・疲労・焦りが強い時点で大きな決定をしない、予定や予算を先に書き出す、といった工夫もあります。これは偏りを完全になくす方法ではなく、判断材料を増やす方法です。
4. 併せて知っておきたい関連理論
似た現象を区別して見ると、「他人の見積もり」と「将来の自分の見積もり」を混同しにくくなります。
ハロー効果
目立つ一つの特徴から、別の特徴まで一括して評価しやすい傾向です。自分の好みを相手に当てはめる投影とは、焦点が異なります。
自己奉仕バイアス
成功・失敗の原因を、自分に都合よく説明しやすい傾向です。他人の選択を自分の選択から推測する社会的投影とは区別できます。
基本的帰属錯誤
他者の行動を状況より性格によって説明しやすい傾向です。相手の事情を確認せずに判断してしまう点で、投影と同時に起こることがあります。
内集団バイアス
自分が属する集団を好意的に扱いやすい傾向です。同じ集団の人は自分と似ているはずだという推測と結びつくことがありますが、別の概念です。
5. 学術的根拠・出典
Loewenstein, G., O’Donoghue, T., & Rabin, M. (2003). Projection Bias in Predicting Future Utility. The Quarterly Journal of Economics, 118(4), 1209–1248.
Ross, L., Greene, D., & House, P. (1977). The “false consensus effect”: An egocentric bias in social perception and attribution processes. Journal of Experimental Social Psychology, 13(3), 279–301.
Mullen, B., Atkins, J. L., Champion, D. S., Edwards, C., Hardy, D., Story, J. E., & Vanderklok, M. (1985). The false consensus effect: A meta-analysis of 115 hypothesis tests. Journal of Experimental Social Psychology, 21(3), 262–283.
Marks, G., & Miller, N. (1987). Ten years of research on the false-consensus effect: An empirical and theoretical review. Psychological Bulletin, 102(1), 72–90.
Loewenstein, G. (1996). Out of control: Visceral influences on behavior. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 65(3), 272–292.