自己成就予言(self-fulfilling prophecy)とは、ある予想や信念が、それに沿った行動や周囲の対応を生み、結果として予想に近い状態がつくられる過程を指します。社会学者ロバート・K・マートンが1948年に示した概念です。
これは「思い込めば何でも実現する」という話ではありません。予想が実際の接し方、機会、評価に影響し、その影響が結果につながる場合に捉えやすい、一つの見方です。
1. 思わず納得?日常の「自己成就予言」あるある
自己成就予言は、予想そのものではなく、予想を受けた人の行動や周囲の対応が変わるところにあります。
銀行の取り付け騒ぎやデマによる品不足
「その銀行は危ない」といううわさを信じた人が一斉に預金を引き出せば、もともとは支払い能力に問題がなかった銀行でも資金繰りが悪化することがあります。予想が行動を変え、その行動が予想された結果を招く例です。1973年の豊川信用金庫事件も、取り付け騒ぎを考える際によく参照されます。
「自分は嫌われている」という確信
「相手は自分を嫌っている」と決めつけて距離を置いたり、そっけなく接したりすると、相手も戸惑って関係がぎくしゃくすることがあります。その結果を見て最初の予想が正しかったと感じる、という循環です。もちろん、相手に別の事情がある場合や、関係が変わらない場合もあります。
プラセボ効果(偽薬効果)
プラセボ効果は、治療への期待が症状の感じ方などに影響することを扱う医学・心理学の研究領域です。期待が関わる点では近いものの、自己成就予言と同じ現象ではありません。薬の効果や治療の必要性を、期待だけで判断することもできません。
2. 「期待」だけで知能指数が上がった?(詳細な検証実験)
自己成就予言と関連して有名なのが、ローゼンタールとジェイコブソンによる学校での研究です。教師に「今後伸びる可能性が高い」と伝えられた児童が、実際には無作為に選ばれていたという設計から、教師の期待が児童への接し方に影響しうることを検討しました。この研究はピグマリオン効果の出発点として知られています。
実験の設計:偽の「学習予測テスト」
研究では、教師に対して一部の児童が今後「知的に伸びる」と伝えられました。しかし、その児童はテスト結果ではなく無作為に選ばれていました。こうして、教師の期待と児童のもともとの成績を切り分けて検討しようとしたのです。
判明した「予言の成就」
初期の研究は大きな注目を集めましたが、後続研究では効果の大きさや再現性、もとの見立ての正確さが議論されてきました。レビューでは、教室で自己成就予言は起こりうる一方、平均的な効果は小さく、教師の予想が結果をよく当てるのは児童の既存の情報を正確に捉えているための場合も多いと整理されています。期待だけで知能や成績が決まる、と結論づけることはできません。
3. 予想が結果につながるまでの過程
自己成就予言は、信念が直接現実を変えるというより、相互作用の過程として考えると分かりやすくなります。
信念から行動への変換
人は自分や相手について予想を持つと、声のかけ方、任せる仕事、質問の量、準備の仕方などを変えることがあります。たとえば「難しそうだ」と見込んだ相手に、必要以上に機会を渡さないこともありえます。
他人の反応の誘発
その接し方を受けた相手も、安心して発言しやすくなったり、逆に萎縮して試す機会を失ったりします。こうした反応は、本人の能力だけでなく、与えられた情報、関係性、場面の条件にも左右されます。
現実の補強
結果が最初の予想に近づくと、人は「やはりそうだった」と受け取りやすくなります。気づくためには、予想があったこと、途中で自分や周囲の対応が変わったこと、ほかに説明できる要因がないかを分けて見ます。
4. 併せて知っておきたい関連理論
近い言葉でも、扱う範囲は少しずつ異なります。
ピグマリオン効果
他者からの高い期待が、接し方を通じて本人の成果に影響する可能性を指します。自己成就予言のうち、教育や育成の場面でよく扱われる関連概念です。
ゴーレム効果
低い期待や否定的な先入観が、支援や評価のされ方を通じて相手の成果に不利に働く可能性を指します。個人の能力を決めつけるための言葉ではありません。
自己効力感(セルフ・エフィカシー)
ある行動をうまく遂行できるという自分自身の見込みです。自己成就予言が対人関係や制度を含む過程も扱うのに対し、自己効力感は主に本人の行動への見通しを扱います。
学習性無力感
自分の行動では結果を変えられない経験が続くことで、試みを減らしてしまう状態を説明する理論です。似て見える場面もありますが、自己成就予言と同じ意味ではありません。
5. 学術的根拠・出典
- Merton, R. K. (1948). The Self-Fulfilling Prophecy. The Antioch Review, 8(2), 193–210.
- Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1968). Pygmalion in the classroom. The Urban Review, 3, 16–20.
- Jussim, L., & Harber, K. D. (2005). Teacher expectations and self-fulfilling prophecies: Knowns and unknowns, resolved and unresolved controversies. Personality and Social Psychology Review, 9(2), 131–155.
- McNatt, D. B. (2000). Ancient Pygmalion joins contemporary management: A meta-analysis of the result. Journal of Applied Psychology, 85(2), 314–322.
- Kierein, N. M., & Gold, M. A. (2000). Pygmalion in work organizations: A meta-analysis. Journal of Organizational Behavior, 21(8), 913–928.