信頼ゲーム(trust game)は、見知らぬ二人が順番にお金を分ける経済実験です。最初の参加者が相手に送る金額と、受け取った参加者がどれだけ返すかを通じて、信頼、返報性、リスクを伴う協力を研究します。1995年のBerg、Dickhaut、McCabeによる「投資ゲーム」が代表的な形です。
送金額をその人の「信頼の強さ」、返金額を「信頼性」とそのまま読めるわけではありません。送金にはリスクを取る傾向や期待が、返金には公平性や利他性なども関わります。信頼ゲームは、対人関係を一つの指標で診断するものではなく、協力の条件を調べるための実験モデルです。
1. 思わず納得?日常の「信頼ゲーム」あるある
信頼ゲームそのものではありませんが、先に相手へ任せ、その後の対応に期待する場面は日常にもあります。
メルカリやヤフオクでの取引
オンライン取引では、相手が約束どおり発送・支払いをするかを見極める必要があります。ただし、実際のプラットフォームには評価、補償、決済の仕組みがあり、匿名の一回限りの信頼ゲームとは条件が異なります。
部下への「丸投げ」の権限委譲
仕事を任せるときは、成果だけでなく、役割の明確さ、進捗の共有、支援の有無が重要です。信頼して任せることと、必要な情報や判断基準を渡さないことは別です。
スタートアップへの投資
投資では、事業計画や経営者への期待に加え、契約、情報開示、分散投資などの制度的な条件が判断に関わります。信頼ゲームはこうした複雑な取引の一部を単純化したモデルとして考えるとよいでしょう。
2. 信頼ゲームで何を調べるのか(代表的な実験)
Bergらの実験では、二人の参加者が「送り手」と「受け手」になります。送り手が相手へ渡した金額は実験者によって増額され、受け手はその一部を送り手へ返すかを選びます。
実験の設計:送り手と受け手
送り手は手持ちの一部または全部を送れます。送った金額は、実験の設定に応じて増額されます。受け手は増額後の金額のうち、どれだけを送り手に返すかを決めます。典型的な設定では、受け手に返金の義務はありません。
一回限りでも送金と返金が見られる
標準的な自己利益だけを前提にすると、受け手は返さず、送り手はそれを予想して送らないという予測になります。原著研究では、実際には送金と返金が観察されました。この結果は、実験参加者が金銭的利益だけでなく、相手の反応への期待や返報性などを考慮しうることを示します。
ただし、平均的な結果は実験の条件で変わります。JohnsonとMislinによる162件・2万3千人超のメタ分析では、支払い方法、相手の設定、増額率、参加者の属性などが送金額や返金額と関連していました。
3. 信頼ゲームの行動を左右する要因
信頼ゲームでの行動には、相手への期待だけでなく、リスクの受け止め方や公正さに関する考え方、実験のルールが関係します。
リスクと期待
送り手は、相手が返すかどうか分からない状態で選びます。そのため送金額には、相手をどれだけ信頼しているかだけでなく、損失を受け入れられるかというリスク態度も含まれます。
相互性の原理(返報性)
受け手は、送金を相手からの好意や協力の申し出として受け取り、返したいと考えることがあります。これを返報性と呼びます。ただし、返金が返報性だけから生じると断定することはできません。
実験の条件
匿名かどうか、繰り返し取引かどうか、いくら増額するか、誰と組むかによって行動は変わります。Chettyらは、信頼ゲームの送金額を信頼の比較指標として使う際には、リスク態度への配慮が必要だと指摘しています。
4. 関連する概念の位置づけ
信頼ゲームは、協力や交換を扱う複数の理論と重なります。以下の概念は似ていますが、焦点が異なります。
5. 併せて知っておきたい関連理論
信頼ゲームで見られる行動を、返報性、公平性、協力のジレンマ、長期的な相互扶助という観点から整理します。
相互性の原理
相互性の原理は、受けた好意に応じようとする傾向です。信頼ゲームでは、受け手が送り手へ返金する理由の一つとして検討されます。
フェアネス嗜好
フェアネス嗜好は、分配が公平であることを重視する考え方です。返金額には、相手の信頼への応答だけでなく、公平に分けたいという判断も反映される可能性があります。
囚人のジレンマ
囚人のジレンマは、各人に裏切る誘因がありながら、協力すれば全体によりよい結果が生まれる状況を扱います。信頼ゲームは順番に意思決定する点で異なりますが、協力と自己利益の緊張を考える手がかりになります。
互恵的利他主義
互恵的利他主義は、将来の返礼を見込んで他者を助ける行動を説明する考え方です。繰り返し関わる相手との協力には関連しますが、一回限りの匿名信頼ゲームをそのまま説明するものではありません。
6. 学術的根拠・出典
- Berg, J., Dickhaut, J., & McCabe, K. (1995). Trust, reciprocity, and social history. Games and Economic Behavior, 10(1), 122–142.
- Ortmann, A., Fitzgerald, J., & Boeing, C. (2000). Trust, reciprocity, and social history: A re-examination. Experimental Economics, 3, 81–100.
- Johnson, N. D., & Mislin, A. A. (2011). Trust games: A meta-analysis. Journal of Economic Psychology, 32(5), 865–889.
- Chetty, R., Hofmeyr, A., Kincaid, H., & Monroe, B. (2021). The trust game does not (only) measure trust: The risk-trust confound revisited. Journal of Behavioral and Experimental Economics, 90, 101520.