社会的比較理論(Social Comparison Theory)とは、自分の能力や意見を判断する手がかりとして、他者と自分を比べる過程を説明する理論です。社会心理学者レオン・フェスティンガーが1954年に提唱しました。とくに、客観的な基準がはっきりしないとき、似た立場の人が比較の基準になりやすいと考えます。
これは「比べる人は性格に問題がある」という診断ではありません。比較は現状を知ったり目標を決めたりする手がかりにもなります。一方で、比較する相手や場面によっては、焦りや落ち込みにつながることもあります。
1. 日常で見られる社会的比較
社会的比較は、仕事、学業、収入、暮らし方など、基準を一つに決めにくい場面で起こりやすいと考えられます。
SNSで起きる上方比較
SNSで知人の昇進、旅行、買い物などを見て、自分と比べてしまうことがあります。自分よりうまくいっているように見える相手と比べることを、一般に上方比較と呼びます。上方比較は落ち込みにつながることもありますが、目標が具体的で手が届きそうなときには、学びや行動の手がかりになる場合もあります。
下方比較で気持ちを立て直す
仕事で失敗したときに、同じように困っている人の話を聞いて「自分だけではない」と感じることがあります。自分より困難な状況にいるように見える相手と比べることは下方比較と呼ばれます。気持ちを一時的に整える働きがあり得ますが、いつも有効とは限りません。
近い立場の人が気になる理由
年齢、職種、経験年数が近い同僚や友人の昇進・結婚・収入が気になることがあります。フェスティンガーの理論では、比較の対象として、能力や意見が近い人が選ばれやすいと考えます。ただし、誰と比べるかは目的や状況で変わります。
2. 比較対象によって自己評価はどう変わるか
社会的比較の影響を調べた代表的な研究の一つに、MorseとGergenによる1970年の研究があります。求人応募者を装った学生が、待合室で社会的に望ましい印象または望ましくない印象を与える人物と同席する条件を比べました。
研究の設計:待合室の比較対象
参加者は待合室で質問票に答えました。そこに、きちんとした身なりで知的な印象を与える人物、または対照的な印象を与える人物が同席します。研究者は、その人物との偶発的な同席が参加者の自己評価にどう関わるかを調べました。
研究から読み取れること
この研究では、同席者の印象に応じて参加者の自己評価が異なる方向に動く結果が報告されました。比較対象が自己評価に関わり得ることを示す研究ですが、日常の自尊感情が毎回同じ大きさで変化することを意味するものではありません。比較の影響は、相手との距離、達成可能性、そのときの関心などによって変わります。
3. 社会的比較が起こる仕組み
社会的比較理論は、比較を「自分について考えるための一つの手がかり」と捉えます。後続研究では、比較には自己評価だけでなく、自己改善や気持ちの維持といった複数の目的があり得ると整理されてきました。
自分を評価する手がかりになる
「自分の仕事の進め方は標準的か」「この意見は妥当か」と迷うとき、他者のやり方や反応は一つの情報になります。ただし、他人の結果には担当、環境、支援、偶然なども影響します。比較だけで自分の能力や価値を決めることはできません。
気持ちを保つための比較もある
困難なときに、自分より状況が厳しい人と比べて気持ちを保とうとする場合があります。下方比較に関する理論はこの可能性を示しましたが、比較することが常に安心や回復につながるわけではありません。
上方比較は目標にも負担にもなり得る
上方比較は、相手を参考にして次の行動を考える機会になり得ます。一方で、差が大きすぎる、成功までの道筋が見えない、比較の情報が偏っているといった条件では、負担を感じやすくなります。比較でつらくなったときは、相手の見えていない条件を含めて考え、自分の進捗を時間軸で見直す方法もあります。
4. 併せて知っておきたい関連理論
社会的比較理論は、他者がいる場面で生じる現象を考えるための一つのレンズです。次の理論とは重なる部分もありますが、説明している対象は同じではありません。
社会的促進
他者の存在が作業成績にどう関わるかを扱う理論です。社会的比較理論が比較による自己評価に焦点を当てるのに対し、社会的促進は他者がいること自体と課題の得意・不得意の関係を検討します。
内集団バイアス
自分が属する集団を外集団より好意的に評価しやすい傾向です。個人同士の比較を扱う社会的比較理論とは区別されますが、集団間の比較を考える際の関連概念になります。
代表性ヒューリスティック
典型的なイメージとの似かよりで判断する傾向です。社会的比較で「自分に近い相手」を選ぶ場面でも、外見や肩書きだけから似ていると判断すると、比較の前提がずれることがあります。
ステータス競争
集団内での地位や評価をめぐる競争を指します。社会的比較は順位や評価を意識する一因になり得ますが、社会的比較そのものが競争を必ず生むわけではありません。
5. 学術的根拠・出典
- Festinger, L. (1954). A theory of social comparison processes. Human Relations, 7(2), 117–140.
- Morse, S., & Gergen, K. J. (1970). Social comparison, self-consistency, and the concept of self. Journal of Personality and Social Psychology, 16(1), 148–156.
- Gerber, J. P., Wheeler, L., & Suls, J. (2018). A social comparison theory meta-analysis 60+ years on. Psychological Bulletin, 144(2), 177–197.
- Collins, R. L. (1996). For better or worse: The impact of upward social comparison on self-evaluations. Psychological Bulletin, 119(1), 51–69.
- Wills, T. A. (1981). Downward comparison principles in social psychology. Psychological Bulletin, 90(2), 245–271.
- McComb, C. A., Vanman, E. J., & Tobin, S. J. (2023). A meta-analysis of the effects of social media exposure to upward comparison targets. Media Psychology.