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なぜ向いていない仕事でも、辞める決断ができないのか?

「この仕事は、自分に向いていない気がする」。何度も同じところでつまずき、仕事が終わるたびに消耗している。それでも求人を開くと、今より悪い職場だったらどうしようと不安になり、応募する前に画面を閉じてしまうことがあります。

この記事では、なぜ向いていないと分かっている仕事でも、未知の転職先より今の職場を選び続けてしまうのかを行動科学の視点から整理します。そのうえで、いきなり辞める決断をせず、今の会社以外の道を少しずつ現実にする方法と、まず10分で試せる一歩を紹介します。

目次

1. 向いていないと分かっているのに、なぜ辞める決断ができないのか

匿名希望

「仕事が向いていない」と分かっているのに、今より悪くなるのが怖くて辞められません。

今の仕事が自分に向いていないことは、たぶんもう分かっています。今日も入力を間違え、先輩に修正してもらいました。急ぎの仕事が二つ重なっただけで頭が真っ白になり、帰宅してからも、上司に言われたことを何度も思い出しています。
夜になると求人サイトを開きます。「未経験歓迎」「残業月10時間」の文字を見て、ここなら変われるかもしれないと思います。けれど、応募画面で氏名を入力し始めると、急に手が止まります。今日は疲れているから、もう少し調べてから、今月の仕事が落ち着いてから。理由をつけて画面を閉じ、保存した求人だけが増えていきます。
翌朝、いつもの電車に乗り、いつもの席で仕事を始めます。給料日には少しほっとし、先輩と笑って話せた日は「もう少し続けられるかもしれない」と思います。辞めたい気持ちは消えていないのに、決断する日だけが何度も先へ延びています。

2. 3つのタイプで見る、向いていない仕事を辞められない理由

仕事を辞めたいと思っても、翌日にはまた同じ席へ戻っていることがあります。辞めない理由をはっきり決めたわけではないのに、目の前の人間関係や次の成果、追加の情報へ判断を預け、決断だけが先送りされていきます。

このタイプのもやもや

またミスをして、先輩に作業を止めてもらいました。何度目か分からない謝罪をすると、先輩は「気にしなくていいよ」と笑い、帰りに缶コーヒーまで渡してくれました。

家に帰って求人サイトを開きましたが、先輩の顔が浮かびます。明日も忙しいと言っていたし、来月には新人も入ってきます。今辞めると伝えたら、どんな顔をされるだろう。そう考えているうちに、今日は応募しなくてもいい気がしてきました。

翌朝、先輩に「昨日はありがとうございました」と声をかけ、また仕事を始めます。もう限界だと思っていたはずなのに、少し優しくされると、ここを離れることが急に悪いことのように感じます。

ここで起きている構造:知っている地獄

3つのタイプに共通しているのは、今の仕事を続けたいと決めているわけではないことです。人タイプは目の前の人間関係に戻り、大物タイプは次の成果へ判断を延ばし、理屈タイプは情報がそろうまで動かない。理由は違っても、結局は何が起こるか分かっている今の職場へ戻ります。

今の仕事が苦しいことは分かっています。しかし、転職すれば人間関係も評価も仕事内容も分かりません。今より良くなる可能性より、さらに悪くなる可能性の方が強く浮かぶため、未知の環境より、先の読める苦しさの方が安全に見えてきます。

このように、苦しいと分かっている環境から出る道はあるのに、未知の外より慣れた苦しさの方が現実的で安全に見え、同じ場所へ戻り続ける構造を、ここでは「知っている地獄」と呼びます。

補足:転職後は、悪くなる未来だけではない

厚生労働省の「令和5年若年者雇用実態調査」では、若年正社員の31.2%が、現在の会社から転職したいと回答しています。また、初めて勤めた会社を辞めた理由として、労働条件や人間関係、賃金と並び、「仕事が自分に合わない」ことも多く挙げられています。仕事との相性を理由に、今の環境から離れようと考えることは珍しくありません。

厚生労働省の2024年の雇用動向調査では、転職した人のうち、前職より賃金が増えた人は40.5%、減った人は29.4%、変わらなかった人は28.4%でした。もちろん、転職すれば必ず良くなるわけではありません。しかし、辞めれば必ず給料が下がると決まっているわけでもありません。

未知の転職先には、良くなる可能性と悪くなる可能性の両方があります。それでも、悪くなる未来だけを現実的に感じ、良くなる可能性をほとんど考えられなくなると、苦しいと分かっている今の職場の方が安全に見えてしまいます。

3. 行動科学で解説:なぜ向いていない仕事を辞める決断ができないのか

仕事が向いていないと分かっているのに辞められない時、問題は「本当は今の仕事を続けたい」ことではありません。転職先が今よりよいとは限らず、今ある人間関係や立場まで失うかもしれないため、変えない方が安全に見えてしまうことです。

ここで起きているのは、単なる優柔不断ではありません。今の仕事から離れることで失うものと、選んだ後に後悔する可能性が大きく見え、何が起こるか分かっている職場へ戻されているのです。

コア理論:現状維持バイアス → ロックイン:応募しないまま、いつもの職場へ戻ってしまう

現状維持バイアスとは、今の状態に不満があっても、変化に伴う不確実性や手間を避け、現在の状態を維持しやすくなる心理です。

今の職場なら、仕事の流れも、周囲の人も、失敗した時に何を言われるかも分かっています。一方、転職先の仕事内容や人間関係は、入社するまで分かりません。すると、向いていない今の仕事よりも、何が起こるか分からない転職の方が危険に見えてきます。

この記事でいうと、求人を保存しても応募せず、「今月の仕事が落ち着いてから」と画面を閉じ、翌朝また同じ席へ戻る状態です。今の会社に残ると決めたわけではないのに、変えない選択が積み重なり、そこから抜けにくくなる。これが、ロックインです。

補足:現状維持バイアスとは

現状維持バイアスとは、変化によって状況がよくなる可能性があっても、現在の状態を選びやすくなる心理です。変えるには判断や行動が必要ですが、何もしなければ今の状態はそのまま続きます。

サミュエルソンとゼックハウザーは、投資先や政策を選ぶ課題で、一つの選択肢を「現在選ばれている案」として示すと、その案が選ばれやすくなることを確かめました。内容だけでなく、すでに続いているという事実が判断を現状へ引き寄せます。

今回も、今の会社がよいから残っているとは限りません。「今日は応募しない」という判断を繰り返すだけで、結果として同じ職場に残り続けます。

サブ理論:損失回避 → 損失凍結:向いていない仕事より、今あるものを失う方が怖くなる

損失回避とは、何かを得る喜びよりも、今持っているものを失う痛みを強く感じやすい心理です。

転職すれば、自分に合う仕事へ移れるかもしれません。しかし、人タイプには助けてくれる先輩がいて、大物タイプには現在の給料や立場があります。理屈タイプにも、問題点まで把握できている環境があります。仕事は向いていなくても、辞めればそれらまで手放すことになります。

この記事でいうと、転職によって得られるものより、今の職場を離れることで失うものばかりが現実的に見えている状態です。失う怖さが大きくなり、変えたいと思っていても動けなくなる。これが、損失凍結です。

補足:損失回避とは

損失回避とは、何かを得る喜びよりも、今持っているものを失う痛みを強く感じやすい傾向です。人は変化によって得られるものより、失うものへ注意を向けやすくなります。

カーネマンとトベルスキーが示したプロスペクト理論では、同じ大きさの変化でも、利益より損失の方が心理的に大きく受け取られます。得られる可能性より、失う確実性の方が重く見えるのです。

転職によって得られる働きやすさはまだ想像ですが、給料や人間関係、慣れた仕事の流れはすでに手元にあります。そのため、今の仕事が合わない苦しさより、離れることで失うものが強く意識されます。

補助理論:後悔回避 → 選択迷子:次の会社が安全だと分かるまで決められない

後悔回避とは、自分で選んだ結果をあとで悔やむことを避けようとして、決断そのものを控えやすくなる心理です。

今の職場に残って苦しさが続いても、これまでと同じ状態が続いただけだと受け止められます。しかし、自分で転職を選び、次の職場がさらに悪かった場合は、「辞めなければよかった」「自分の判断が間違っていた」と感じることになります。

この記事でいうと、給料、人間関係、残業時間、口コミを調べても、次の会社が安全だとは証明できず、さらに情報を探し続ける状態です。後悔しない正解を選ぼうとするほど判断軸が増え、どこにも決められなくなる。これが、選択迷子です。

補足:後悔回避とは

後悔回避とは、あとで「別の選択をすればよかった」と感じることを恐れ、決断を避ける心理です。悪い結果だけでなく、間違った選択をした自分を責める苦しさまで先に想像します。

短期的な判断場面では、何もしなかった場合よりも、自分から行動して悪い結果になった時の方が、後悔を強く感じやすいことがあります。失敗そのものより、自分で失敗を選んだと感じることが怖いのです。

今の会社に残って苦しさが続いても、現状が変わらなかったと考えられます。しかし、転職してさらに合わなければ、自分の決断を責めることになります。そのため、後悔しない保証が得られるまで動けなくなります。

構造の固定化:失うものが大きく見える → 正解が出るまで決めない → いつもの職場へ戻る

今ある人間関係や給料、立場を失う怖さと、転職して失敗した時に自分の判断を後悔する不安が、応募する手を止めます。

何も決めなければ、翌朝にはまた同じ職場へ戻れます。すると、今の職場について知っていることだけが増え、転職先は分からない場所のまま残ります。

今の仕事は向いていない。
でも、転職すれば今より悪くなるかもしれない。
今あるものまで失うかもしれない。
もう少し確かめてから決めたい。

失うものを恐れ、後悔しない保証を求め、結局は現状へ戻る。そのたびに今の職場だけが現実味を増し、「知っている地獄」が固定されていきます。

4. この構造をほどくには、どこを変えればいいか

よくある方法論の間違い

自己分析と情報収集を重ね、辞めても大丈夫だと確信してから動こうとする

仕事が向いていないと感じると、適職診断を受け、転職サイトを比較し、家族や友人にも相談して、辞める判断が正しいか確かめようとします。しかし、診断結果を見ても「本当にこの仕事が合わない証拠にはならない」と思い、求人を見ても「実際の職場は入らないと分からない」と不安になります。周囲から背中を押されても、「失敗しても責任を取るのは自分だ」と考えれば、決断はできません。

休んで少し楽になれば「疲れていただけかもしれない」と思い、仕事でまた失敗すれば「今の状態で転職しても同じではないか」と感じます。条件のよい求人を見つけても、悪い口コミを一つ読めば手が止まります。何を試しても、辞めた後に後悔しない保証にはならないため、調べるほど動けない理由が増えていきます。

理不尽構造攻略のヒント

辞める決断を急ぐのではなく、今の会社以外の道を小さく現実にする

ロックインをほどくには、「この会社を辞めるべきか」という大きな答えを出す前に、今の職場だけが現実になっている状態を崩す必要があります。求人を眺めるだけでは、今の会社は毎日通う現実の場所、転職先は何が起こるか分からない想像の場所のままです。

まずは求人を一件だけ比べる、今の仕事で得た経験を一つだけ書く、興味のある働き方について調べるなど、今の仕事を続けながら外の選択肢へ少し触れます。辞めるか残るかを決めるためではなく、「ここに残る以外にも現実的な道がある」と確認することが、知っている地獄から離れる最初の入口になります。

攻略1:求人を一件だけ、今の仕事と比べてみる(小さく試す)

今の職場だけが現実になっていると、転職先は「よく分からない危険な場所」に見え続けます。ただし、いきなり応募したり、面談したりする必要はありません。まずは保存した求人の中から一件だけ選び、今の仕事と違う点を一つだけ確認します。

「電話対応が少ない」「一人で進める作業が多い」「残業時間が短い」など、自分が今つらい部分と比べられる項目を一つ見つければ十分です。転職先が安全かを判断するのではなく、今とは違う働き方が実際に存在することを確認する。未知の外を少しだけ具体的にすることで、今の会社しか選べない感覚を弱めます。

攻略2:辞めたら失うものを、一つずつ確かめる(分解)

「辞めたら全部なくなる」と考えると、給料、人間関係、評価、生活の安定が一度に押し寄せ、動けなくなります。そこで、失うのが怖いものを「お金」「人」「立場」「生活」に分け、それぞれ何が本当に失われるのかを書き出します。

先輩とは退職後も連絡を取れるかもしれません。給料が下がっても、残業や通勤が減れば生活全体では楽になる可能性があります。今の立場は失っても、経験までなくなるわけではありません。漠然とした大きな損失を、確認できる小さな問題へ戻すことで、「全部を捨てる転職」ではなくなります。

攻略3:残るか辞めるかを見直す日を先に決める(撤退ライン)

判断をその日の気分に任せると、つらい日は辞めたくなり、少し優しくされた日や仕事がうまくいった日は「もう少し続けよう」と思います。そのたびに結論が揺れ、決断する日は先へ延びていきます。

そこで、「一か月後に見直す」「それまでに求人を三件だけ比べる」「負担や失敗が改善しなければ転職活動を始める」など、確認する期間と条件を先に決めます。今の職場に戻ることを自動的な選択にせず、残ることも改めて選び直す状態を作ります。

5. 今できる10分のスモールステップ

スマホのメモを開き、まず今の仕事でつらいことを一つだけ書いてください。

今つらいこと:電話対応が多く、作業が何度も中断される

次に、その負担が軽くなりそうな条件を一つ書きます。職種名まで考える必要はありません。

あれば楽になりそうな条件:一人で集中できる時間が長い

ここまで書いたら、求人サイトで「電話対応なし」「黙々作業」「一人で進める仕事」など、今書いた条件に近い言葉を一つだけ検索します。表示された求人から、少し気になるものを一件だけ開いてください。

仕事内容や条件をすべて読む必要はありません。今の仕事と違う点を一つ見つけ、メモへ追加します。

見つけた違い:問い合わせはメール中心で、電話対応は少ない

最後に、その求人を応募候補ではなく、今とは違う働き方の実例として保存します。応募するか、転職すべきか、自分に向いているかは、まだ決めなくて構いません。

10分でやるのは、次の3つだけです。

今つらいことを一つ書く
負担が軽くなる条件を一つ考える
その条件がある求人を一件見つける

これだけでも、「今の会社を辞めた後は何も分からない」という状態から、少なくとも一つは違う働き方が存在する状態へ変わります。

大きな決断をする前に、未知だった外の世界へ小さな輪郭を与えることが、この10分の目的です。

6. まとめ:辞める前に、今の会社以外の道を現実にする

向いていない仕事を辞められないのは、今の会社を続けたいからとは限りません。今の職場なら何が起こるか分かる一方、転職先は入るまで分かりません。そのため、苦しい現状よりも、未知の環境の方が危険に見えてしまいます。

そこへ、今ある人間関係や給料を失う怖さと、転職して後悔する不安が重なります。すると、求人を調べても応募できず、少し仕事がうまくいけば判断を延ばし、翌朝にはまた同じ職場へ戻ります。

必要なのは、いきなり辞める決断をすることではありません。求人を一件だけ比べる、失うものを分けて考える、見直す日を決める。今の会社に残る以外の道を、少しずつ現実にしていくことです。

向いていないと分かっているのに動けないのは、意志が弱いからではありません。未知の外より、慣れた苦しさの方が安全に見えているからです。まずは、今とは違う働き方が一つでも存在すると確かめるところから、「知っている地獄」の外へ向かう道が始まります。

参考文献

・厚生労働省「令和5年 若年者雇用実態調査 結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/4-21c-jyakunenkoyou-r05_gaiyou.pdf

・厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概要」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/25-2/index.html

・Samuelson, W. & Zeckhauser, R.(1988)“Status Quo Bias in Decision Making.” Journal of Risk and Uncertainty, 1, 7–59.
https://doi.org/10.1007/BF00055564

・Kahneman, D. & Tversky, A.(1979)“Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk.” Econometrica, 47(2), 263–291.
https://doi.org/10.2307/1914185

・Gilovich, T. & Medvec, V. H.(1995)“The Experience of Regret: What, When, and Why.” Psychological Review, 102(2), 379–395.
https://doi.org/10.1037/0033-295X.102.2.379

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