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なぜ退職を伝えた途端、会社は急に改善案を出してくるのか?

退職を伝えるまでは何度相談しても動かなかった会社が、辞めると分かった途端に、昇給や異動、業務削減を提案してくることがあります。本当に必要とされているのか、それとも退職を止めるための口約束なのか分からず、残るべきか迷う人も少なくありません。会社が急に動く背景には、社員の苦しさより、欠員や引き継ぎ、採用費といった目前の損失が重く見える構造があります。大切なのは会社の本心を読むことではなく、改善案を「提案」と「実行が確定した条件」に分けることです。この記事では、退職の意思を伝えた後に改善案が出てくる理由と、条件に振り回されず判断する方法を行動科学から解説します。

目次

1. 退職を伝えた途端、給料アップや異動を提案された

匿名希望

退職を伝えた途端、給料アップと異動を提案されました。今までの相談は何だったのでしょうか

今の部署では業務量が多く、残業が続いていました。以前から上司へ仕事の分担や評価の見直しを相談していましたが、「今は人が足りない」「みんな同じ条件で頑張っている」と言われ、具体的な対応はありませんでした。何度相談しても状況が変わらなかったため、これ以上は続けられないと思い、転職先を決めて退職の意思を伝えました。

すると上司は急に、「給料を上げられるかもしれない」「希望していた部署への異動も検討する」「残業を減らす体制を作る」と言い出しました。ずっとお願いしても動かなかったのに、辞めると伝えた途端に改善できると言われても、素直には信じられません。ただ、本当に条件が変わるなら残った方がいいのではないかという迷いも出てきました。いつから実施されるのか、誰が決定できるのか、口約束ではないのかまでは分かりません。会社は本当に私を必要としているのか、それとも目の前の退職を止めたいだけなのか。なぜ会社は、社員が退職を伝えた途端に、今まで出さなかった改善案を急に出してくるのでしょうか。

2. 会社の引き止め条件に揺さぶられる3つの詰まり方

会社から給料アップや異動を提案されると、単純に条件の良し悪しだけでは判断できません。相手の歩み寄りを無下にしたくない人、自分の価値を認めさせたい人、提案が本当に実行されるか確かめたい人が、それぞれの強みで受け止めようとするほど、辞めると決めたはずの判断が再び揺れ始めます。

このタイプのもやもや

退職を伝えた瞬間、上司が慌てて「残業も減らすし、希望していた部署への異動も上に掛け合う。もう一度考えてほしい」と言ってきました。今まで何度相談しても動いてくれなかったことへの不満はありますが、困った表情で引き止められると、「ここまで歩み寄ってくれているのに断るのは冷たいのではないか」と感じます。自分が辞めれば残された同僚にも負担がかかるため、せめて会社が出した案を一度受け入れてから判断する方が円満なのではないかと思い、退職を保留したくなります。けれど、具体的な実施日や決定者を確認する前から、相手の期待を裏切らないことばかりを優先しています。相手の歩み寄りへ配慮するほど、改善案が本当に実行されるかを確かめる前に、退職の決断を引っ込めてしまいます。

ここで起きている構造:目先の生存

3人を揺さぶっている改善案は、会社が突然、社員の苦しさを理解したから出てくるとは限りません。退職を伝えられる前は、業務量や評価への不満があっても、会社にとってはすぐに対応しなくても業務が続く問題でした。ところが退職が現実になると、欠員、引き継ぎ、採用費、現場の混乱、管理職の責任が、目の前で処理しなければならない問題へ変わります。

長期的な職場改善は後回しにする → 退職によって目前の損失が具体化する → とりあえず離職を止める条件を提示する → 残留が決まると緊急性が下がる。この流れでは、昇給や異動の提案が本気であっても、それを継続して実行する仕組みまで整っているとは限りません。改善案が嘘かどうかではなく、社員の働きやすさを良くするための施策なのか、目前の退職を止めるための緊急対応なのかを分けて見る必要があります。

このように、長期的な問題を放置していた組織が、離職や混乱が目前に迫った瞬間だけ、将来よりも今をしのぐ対応へ動く構造を、ここでは「目先の生存」と呼びます。そして急な改善案を受けた本人には、「辞めれば改善された未来を失うかもしれない」「残れば退職の機会を失うかもしれない」という取り返しつかない感が生まれ、決めていた退職が再び揺さぶられます。

データで見る:退職時のカウンターオファーは実際にある

エン・ジャパンが30歳以上の転職希望者を対象に行った調査では、32%が退職時にカウンターオファーを受けた経験があると答えています。提示された内容は、昇給が31%、条件を伴わない上司からの引き止めが27%、他部署への異動が23%でした。一方、その提案を受けて転職をやめた人は24%にとどまっています。退職を伝えた後に、今まで出なかった昇給や異動が提示されること自体は珍しい現象ではありませんが、それだけで多くの人が残留を選ぶわけではありません。

また、オーストラリアの企業を対象にしたロバート・ハーフの2026年調査では、85%の企業が過去1年間にカウンターオファーを出したと回答しています。しかし、提示を受けた社員の32%はその後12か月以内に退職しており、企業側の20%もカウンターオファーを「根本問題を解決しにくい短期的な対応」と捉えていました。改善案が必ず嘘というわけではありませんが、退職による欠員や混乱を目前にして急いで出された条件は、長期的な職場改善と同じとは限りません。

3. 行動科学で解説:なぜ退職を伝えた途端、会社は急に改善案を出すのか

社員が業務量や待遇への不満を訴えている段階では、会社にとって問題は将来の離職リスクにとどまります。今すぐ人がいなくなるわけではなく、目の前の業務も動いているため、改善に必要な予算や人員調整より、現在の運用を続ける方が優先されます。ところが退職の意思を伝えられると、欠員、引き継ぎ、採用費、現場の混乱が、いつか起きるかもしれない問題から、すぐに処理すべき損失へ変わります。会社が急に動くのは、社員の苦しさが突然理解されたからではなく、放置していた問題が会社側の目前の損失になったからです。

さらに、直属上司や部門責任者にとっては、職場全体を長期的に改善するより、その社員一人を残す方が早く結果を出せます。そこで昇給、異動、業務削減といった条件が急いで提示されますが、その提案が本気であっても、長期的に続く仕組みまで整っているとは限りません。一方、提案を受けた本人は、辞めれば改善された条件を失い、残れば転職や退職の機会を失うように感じます。こうして、会社は目の前の退職阻止へ動き、本人は残留と退職の間で止まります。

3つの理論で詳しく見る ▼

コア理論:時間割引 → 即時偏重:将来の離職より、目前の欠員だけが重く見える

時間割引とは、将来得られる利益や将来発生する損失を、現在のものより軽く評価する傾向です。発生時期が遠いほど重要性を実感しにくく、長期的には対応した方がよいと分かっていても、今すぐ困らない問題は後回しになりやすくなります。そのため、社員が不満を訴えていても、まだ働き続けている間は、離職リスクが差し迫った問題として扱われません。

今回も、業務量や評価への不満は以前から存在していましたが、会社にとっては将来の問題として割り引かれていました。退職が伝えられた瞬間、その問題は欠員や現場混乱という現在の損失へ変わり、急に重要度が上がります。長期的な職場改善より、昇給や異動によって今回の退職を止めることが優先されます。目先の安心を得るために、将来の問題解決より直近の回避を選んでしまいます。これが、即時偏重です。

サブ理論:プリンシパル=エージェント問題 → 過剰最適化:会社全体の改善より、自分の部署の欠員回避が優先される

プリンシパルエージェント問題とは、組織や依頼者の利益を実現する立場にある人が、自分の評価や都合を優先して行動することで、全体の目的とのズレが生まれる問題です。会社全体にとっては、社員が辞めたくなる原因を調べ、制度や配置を改善することが長期的な利益になります。しかし、直属上司や部門責任者には、欠員を出さないこと、現場を止めないこと、自分の管理責任を問われないことも重要です。

今回も、職場全体の業務量や評価制度を見直すより、退職を申し出た社員一人へ昇給や異動を提示する方が、目前の問題を早く処理できます。その結果、「今回の退職を止める」という短期的な成果へ対応が集中し、同じ不満が再発しない仕組みづくりは後回しになります。一つの欠員を防ぐことへ合わせすぎて、働き続けられる職場を作るという全体の目的が外れてしまいます。これが、過剰最適化です。

補助理論:損失回避 → 損失凍結:辞めても残っても、何かを失うように感じる

損失回避とは、同じ大きさの利益を得る喜びより、すでに持っているものを失う苦痛を強く感じる傾向です。一度手に入りそうになった昇給や異動も、まだ実行されていなくても、自分が受け取れる可能性のあるものとして意識されます。そのため、改善案を断って退職すると、得られたかもしれない条件を自分から捨てるように感じます。

一方で、改善案を受け入れて残れば、すでに確保した転職先や、ようやく決めた退職の機会を失うかもしれません。「辞めれば改善された未来を失う」「残れば新しい未来を失う」と両方の損失が大きく見え、条件が実行される可能性を冷静に比べにくくなります。何かを失う怖さによって、辞めることも残ることも選べなくなります。これが、損失凍結です。

構造の固定化:退職を止めると緊急性が消え、改善も止まりやすくなる

最初は、社員が不満を訴えても業務が回っているため、会社は改善を後回しにします。退職が伝えられると欠員が目前に迫り、昇給や異動などの条件を急いで提示します。その提案によって本人が退職を保留すると、会社にとっての緊急事態はいったん解消されます。すると、予算の承認、異動先との調整、人員補充といった手間のかかる実行作業は、再び後回しにされやすくなります。

将来の離職リスクを軽く扱う → 退職が現実になり急いで条件を出す → 本人が損失を恐れて判断を止める → 退職が保留され会社の緊急性が下がる → 根本改善が進まない。この流れでは、改善案が最初から嘘でなくても、提案した時の勢いを保ったまま実行されるとは限りません。会社が長期的な職場改善より、その場の離職阻止を優先し続けることで、目先の生存が固定されていきます。

4. 会社の改善案に振り回されない3つの攻略

よくある方法論の間違い

失敗:改善案が本気か、引き止めの嘘かを見抜こうとする

急な改善案を出されると、「本当に必要とされているのか」「その場しのぎで言っているだけなのか」と、会社の本心を見極めようとします。しかし、提案した上司が本気でも、予算や人事権がなければ実行できません。反対に、退職を止める目的で出た案でも、正式な労働条件として確定する場合はあります。相手の表情や言葉から誠意を判断するほど、改善案を自分への評価として受け取り、辞めれば条件を失うという損失凍結が強まります。見るべきなのは会社が本気かどうかではなく、提示された条件が誰の責任で、いつ、どのように実行されるのかです。

理不尽構造攻略のヒント

ヒント:改善案を「提案」と「実行条件」に分ける

昇給、異動、業務削減という言葉だけで残留を決めず、決定者、実施日、変更内容、書面化の可否を一つずつ確認します。まだ上司が検討すると言っている段階なら、それは新しい労働条件ではなく、実行が確定していない提案にすぎません。また、条件が実行されても、以前から抱えていた不満の原因まで解消されるとは限りません。「何が変われば残れるのか」と「何が変わらなければ辞めるのか」を先に分けておきます。改善案の魅力ではなく、実行が確定した事実だけを判断材料に戻すことが攻略の中心です。

攻略1:退職撤回を先にせず、会社側の正式決定を先に通してもらう【摩擦設計】

改善案を聞いたその場で退職を保留したり、撤回したりせず、「条件が正式に確定してから残留を判断します」と伝えます。昇給額、異動先、業務量、実施日、決定者を文書で示してもらい、いつまでに回答が出るのかも確認します。それまでは、退職日や引き継ぎの準備を止めません。口頭で「何とかする」と言われただけでは、会社側の手続きが一つも進んでいないためです。

本人が先に退職を取り下げると、会社にとっての欠員リスクが消え、改善を急ぐ理由も弱くなります。そこで、退職撤回を最初ではなく最後の工程に置きます。会社側が決裁や書面化という手間を通さなければ、残留へ進めない形にするのです。口約束だけで目先の退職を止められないよう、改善案と残留の間に正式手続きという壁を置く。これが、摩擦設計です。期限までに条件が確定しないなら、それ自体が改善案の実行力を判断する材料になります。

攻略2:退職理由と、改善案が変える範囲を一つずつ照合する【分解】

退職を決めた理由を、「給与」「業務量」「人間関係」「評価」「仕事内容」「将来性」などに分け、その横へ会社から提示された改善案を書きます。さらに、「具体的に何が変わるか」「実施が確定しているか」「変わらず残る問題は何か」を並べます。昇給が提示されても、業務量や上司との関係が変わらないなら、退職理由の一部しか解消されていません。

急に魅力的な条件を出されると、その一つが大きく見え、退職を決めた理由全体が解決するように感じやすくなります。そこで、会社が目先の退職阻止へ最適化している部分と、自分の退職理由が実際に解消される部分を分けることで、会社側の過剰最適化に巻き込まれにくくなります。提案の数や派手さではなく、退職を決めた中心的な理由が、どの程度解消されるのかへ戻す。これが、分解です。

攻略3:残留案を「今の会社から届いた新しい求人票」として比べる【外部基準】

残留を考える場合は、これまでの情や評価をいったん外し、提示された条件を新しい求人票のように整理します。確定した給与、勤務時間、仕事内容、役職、勤務地、評価制度、実施日を、転職先や市場の求人条件と同じ項目で比較します。「必要だと言われた」「期待していると言われた」といった言葉は条件欄へ入れず、正式に確認できた内容だけを使います。必要なら、家族やキャリア相談など、会社との関係がない人にも見てもらいます。

今の会社から提示された条件には、失うのが惜しいという感情が乗りますが、外の求人と同じ形式にすると、それが本当に特別な条件なのかを確認できます。残れば何を得るかだけでなく、転職機会、会社への信頼が回復する見込み、再び退職を切り出す負担など、残留によって手放すものも同じ表へ入れます。会社の評価や自分の期待だけで閉じず、外側の条件と事実で比べる。これが、外部基準です。両方の損失を同じ形式で見えるようにすることで、損失凍結から判断を取り戻せます。

5. 10分でできること:改善案を4項目だけ書き出す

まず、会社から言われた改善案をそのまま書き出します。「給料を上げる」「異動を考える」ではなく、実際に示された言葉だけを残してください。自分の期待で内容を補わないのがポイントです。

次に、それぞれの横へ「決定者」「実施日」「具体的な変更内容」「書面の有無」の4項目を作ります。分からないところは推測せず、「未確認」と書けば十分です。ほとんどが未確認なら、現時点では条件変更ではなく、まだ提案の段階です。

最後に、退職を決めた理由を三つだけ書き、その中で「これが変わらなければ辞める」と思う理由に印をつけます。そのうえで、改善案によって「解消する」「一部変わる」「変わらない」のどれに当たるかを整理してください。今日は残るか辞めるかを決めなくても構いません。口約束と確定した条件を分け、退職を決めた中心的な理由が本当に変わるのかを確認するところまで進めてみてください。

6. まとめ

会社が退職を伝えられた途端に改善案を出すのは、社員の苦しさへ突然気づいたからとは限りません。将来の離職リスクが、欠員や引き継ぎ、採用費、現場混乱という目前の損失へ変わり、会社や管理者が長期的な職場改善より、今回の退職を止めることへ動くためです。改善案が本気か嘘かを見抜こうとせず、退職撤回を先にしないまま、決定者、実施日、具体的な変更内容、書面化の有無を確認してください。そのうえで、提案の数や派手さではなく、退職を決めた中心的な理由がどの程度変わるのかを比べます。会社の目先の生存に巻き込まれず、提案ではなく確定した実行条件で判断することが大切です。

参考文献

エン・ジャパン株式会社「『エン転職コンサルタント』カウンターオファーについて発表」(2014年)
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2014/2847.html

Robert Half, “The rise and risk of counteroffer culture”(2026年)
https://www.roberthalf.com/au/en/about/press/the-rise-and-risk-of-counteroffer-culture

Frederick, S., Loewenstein, G., & O’Donoghue, T. “Time Discounting and Time Preference: A Critical Review”(2002年)
https://doi.org/10.1257/002205102320161311

Jensen, M. C., & Meckling, W. H. “Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure”(1976年)
https://doi.org/10.1016/0304-405X(76)90026-X

Kahneman, D., & Tversky, A. “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk”(1979年)
https://doi.org/10.2307/1914185

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