転職したかったはずなのに、新しい会社で働き始めると「前の会社の方が良かったかもしれない」と思うことがあります。前職では仕事の流れが分かり、気軽に話せる人がいて、自分の役割も決まっていた。一方、新しい会社ではまだ分からないことが多く、何をするにも少し疲れます。すると、辞めたかった理由より前職の安心できた部分が浮かび、「転職しない方が良かったのでは」と後悔し始めます。しかし、慣れ切った前職と、まだ始まったばかりの新しい職場をそのまま比べれば、前職が有利に見えやすくなります。 この記事では、なぜ転職後に前の会社が良く見えるのかを行動科学から解説し、前職への未練と本当に転職判断を見直すべき状態を分けて考える方法を紹介します。
目次
1. 辞めたかった会社なのに、離れてから良く思えてくる
いやで辞めた前職がよく思えて後悔しています。 転職して新しい会社で働き始めました。今の会社に大きな問題があるわけではありません。でも最近、「前の会社の方が良かったのでは」と考えることが増えています。 前職では誰に何を聞けばいいか分かっていましたし、自分の仕事もある程度自由に進められました。雑談できる人もいて、周囲も自分のことを分かってくれていました。今の会社では、その全部をまだ一から作っている途中です。 そんな日が続くうちに、「前の会社ならこんなに気を使わなかった」「あの人たちとは話しやすかった」「仕事も前の方が楽だった」と思うようになりました。嫌なことがあったから転職したはずなのに、その理由は以前ほど強く思い出せません。最近は、「転職しなければよかったのでは」「前の会社に戻れるなら戻った方がいいのでは」 とまで考えています。
2. 転職後に「前の会社の方が良かった」と感じる3つのパターン
前職が良く見える理由は人によって違います。ただ、人間関係、仕事上の立場、条件など入口は違っても、すでに出来上がっていた前職と、まだ出来上がっていない現職を比べている 点は共通しています。
人タイプ:配慮の自爆 大物タイプ:メンツの空回り 理屈タイプ:ロジックの孤立
このタイプのもやもや
今の職場の人が嫌いなわけではありません。でも、まだ誰とどこまで話していいのか分かりません。前の会社なら昼休みに話す人もいましたし、困ったときに相談できる相手もいました。辞める前はいろいろ不満もあったはずなのに、今思い出すのは一緒に働いていた人たちのことばかりです。あそこにはちゃんと自分の居場所があったのに、それを自分から捨ててしまったような気がします。
このタイプのもやもや
前職では任されている仕事も多く、周囲から得意不得意も理解されていました。今の会社ではまだ実績がないので、一から信頼を作らなければなりません。すると、前職で自由に動けていた頃がすごく良く思えてきます。転職してキャリアを前に進めるつもりだったのに、むしろ前の方が自分を活かせていたのではないか と思います。
このタイプのもやもや
転職後に改めて考えると、前職にもかなり良い部分があったと思います。仕事の勝手は分かっていましたし、人間関係も予測でき、評価のされ方も分かっていました。今の会社にはまだ分からないことが多く、その分だけ不確実に感じます。これなら前の会社に残った方が合理的だったのではないか。転職という判断自体を間違えた気がします。
ここで起きている構造:繰り返す有罪判決
人タイプは人間関係がうまくいかない日に前職の仲間を思い出し、大物タイプはまだ評価されていない日に以前の立場を思い出します。理屈タイプは新しい会社で分からないことが出るたび、前職の予測できた環境を思い出します。そしてそのたびに、「やっぱり転職しない方が良かったのでは」と過去の判断をもう一度裁きます。
現在のつまずきが起きるたび、過去の選択を裁き直し、「あの転職は間違いだった」と判決を出す。これが「繰り返す有罪判決」 です。
ここで比較されている二つの会社は、同じ条件ではありません。前職には、何年かけて覚えた仕事、人間関係、社内ルール、周囲からの信用があります。現職にはそれがまだない。さらに前職を離れると、当時毎日起きていた不満は現在進行形ではなくなります。完成した前職の安心と、まだ作っている途中の現職の不確実さを比べれば、前職が良く見えやすくなります。
もちろん、転職して初めて前職の良さに気づき、本当に判断を見直すべき場合もあります。ただ、「前職の方が良く見える」こと自体は、「転職が間違いだった」ことの証明にはなりません。
データで見る:過去の嫌だった感情は、当時と同じ強さでは残らない
Ritchieら(2015)は、10の文化圏に住む562人から2,400件を超える自伝的な出来事 を集め、出来事に伴う感情が時間とともにどう変化するかを調べました。その結果、すべてのサンプルで、ネガティブな出来事に伴う感情はポジティブな出来事に伴う感情より速く弱まる「fading affect bias」が確認されました。前職を直接調べた研究ではありませんが、過去の嫌だった出来事に伴う感情が、当時と同じ強さでは残らない可能性 を考える材料になります。
Mitchellら(1997)は、ヨーロッパ旅行、感謝祭の休暇、3週間の自転車旅行という3つの調査 で、出来事の前・最中・終了後の評価を比較しました。3研究とも、実際に体験している最中より、後から振り返った評価の方がポジティブになりました。仕事を対象にした研究ではありませんが、過去の経験の評価は、体験中の感覚をそのまま保存したものではない ことを示しています。
3. 行動科学で解説:なぜ前の会社が実際以上に良く見えるのか
転職後の比較には大きな非対称があります。前職については、仕事の流れ、人間関係、評価、暗黙のルールまで知っています。一方、新しい会社については、まだ分からないことが多くあります。
その状態で比較すると、前職については「知っていたこと」「できていたこと」「安心できたこと」が目立ち、現職では「まだ分からないこと」が目立ちます。前職と現職の全部を比べているようで、実際には「前職の安心」と「現職の不確実さ」を比べている ことがあります。
3つの理論で詳しく見る ▼
コア理論:フォーカシング錯覚 → 意味誤認:「慣れていた」を「前職の方が良かった」に変える
フォーカシング錯覚とは、ある一つの要素へ注意が集中すると、その要素が全体の評価に与える影響を実際以上に大きく見積もりやすくなる傾向です。
転職後には、「誰に聞けばいいか分からない」「まだ人間関係がない」「仕事の流れを知らない」といった不確実さが目立ちます。その状態で前職を思い出すと、「分かっていた」「慣れていた」という部分が強く見えます。
すると、慣れによる安心感を、会社そのものの良し悪しとして受け取りやすくなります。 「前職では楽だった」から「前職の方が良い会社だった」へ意味が変わる。これが、この場面での意味誤認です。
サブ理論:利用可能性ヒューリスティック → フィードバック暴走:思い出しやすい前職の良さが、転職失敗の証拠になる
利用可能性ヒューリスティックとは、頭に浮かびやすい情報を重要な情報だと判断しやすい傾向です。
新しい職場で困ったとき、「前職では困らなかった」という具体的な場面が比較材料として浮かびます。一人で昼食を取れば以前話していた同僚を思い出し、判断に迷えば前職では迷わず進められた仕事を思い出します。
そうした思い出しやすい記憶を重く使うほど、前職全体まで良かったように評価しやすくなります。 今つらい → 前職の良かった場面を思い出す → 転職失敗だと感じる → 現職で困るたび、また前職を思い出す。これが、この場面でのフィードバック暴走です。
補助理論:後知恵バイアス → 意味誤認:今のつらさから、「転職しない方が正しかった」と過去を読み直す
後知恵バイアスとは、結果を知ったあとで、その結果は以前から予測できたように感じやすくなる傾向です。
転職後に人間関係や仕事で苦労すると、「やっぱり転職なんてしない方がよかった」「前の会社に残るべきだった」と考えやすくなります。しかし転職前には、その時点での不満や将来への懸念があり、それを含めて転職を選んでいました。
現在のつらさという結果から過去を見直すほど、当時の判断材料が抜け落ち、「あの選択は最初から間違っていた」という結論に変わっていきます。 今の結果を基準に、当時の判断まで間違っていたと読み替えてしまう。これが、この場面での意味誤認です。
構造の固定化:今がつらいほど、過去の転職判断が間違って見えてくる
新しい会社で不確実さを感じると、前職の安心できた場面を思い出します。すると前職が良く見え、「転職しなければよかった」と感じます。そして現職でまた嫌なことが起きれば、その出来事も「転職は間違いだった」という証拠になります。
現職で不確実さを感じる → 前職の安心を思い出す → 前職の方が良かったと感じる → 転職判断を後悔する → 現職で嫌なことが起きるたびに「あの選択は間違いだった」と裁き直す。
こうして前職そのものが変わったわけではないのに、現在との比較を繰り返すほど、過去の転職判断が悪い選択だったように見えていきます。
4. この構造をほどくには:前職と現職から「慣れ」の差を外して比べる
よくある方法論の間違い
よくある失敗:前の会社と今の会社を、そのままメリット・デメリットで比較する
「前職と現職のメリット・デメリットを書き出せば客観的に判断できる」と考えがちです。しかし転職直後にそのまま比較すると、前職には「気軽に質問できる」「仕事が分かる」「評価されている」といった、長く働いたことで得た利益が大量に入ります。
一方、現職にはまだそれがありません。これでは会社を比較しているようで、「長くいた会社」と「入ったばかりの会社」を比較しているだけ になることがあります。
理不尽構造攻略のヒント
攻略のヒント:「前職の方が良かった」ではなく、何が良かったのかを分ける
前職へ戻りたいと思ったときは、「前職の何が良かったのか」を具体化します。それが会社固有の良さだったのか、長く働いたことで得た安心だったのかを分けます。
同時に、転職前に何を変えたくて会社を出たのかも比較へ戻します。今の気分だけで過去を採点せず、転職前と転職後の情報を同じ場所へ戻すこと がポイントです。
攻略1【分解】前職の良さを「会社の良さ」と「慣れの利益」に分ける
まず、「前の会社の方が良かった」と感じる理由を書き出します。
「給与が高かった」「残業が少なかった」は会社や条件そのものの違いです。一方、「誰に聞けばいいか分かった」「仕事の流れを知っていた」「話せる人がいた」は、長く働いたことで作られた慣れの利益でもあります。
もし今日初めて前職へ入社して、人間関係も信用も社内知識もゼロだったとしても、その会社を今より良いと思うか。 この問いを入れると、会社そのものの差と在籍期間の差を分けやすくなります。
攻略2【記録】「なぜ辞めたかったのか」を、今の記憶だけで作り直さない
前職を離れて時間が経つと、辞める前に感じていた不満の感情は弱くなることがあります。そこで、「確か嫌だったはず」と曖昧に思い出すのではなく、当時何が起きていたのかを事実で戻します。
給与、仕事内容、評価、上司、働き方、将来性など、転職前に変えたかったことを3つだけ書きます。 当時のメモや求人比較、応募時に決めた条件が残っていれば見返します。前職を悪く思い直すためではなく、比較から消えていた情報を戻すためです。
攻略3【外部基準】「どちらが楽か」ではなく、転職で欲しかった条件に戻る
最後に、前職と現職を「今どちらが楽か」で比べるのをやめます。代わりに、転職するときに実現したかった条件を基準にします。
仕事内容を変えたかったのか、給与を上げたかったのか、働き方を変えたかったのか、将来の選択肢を増やしたかったのか。転職前に変えたかった条件に対して、前職と現職のどちらが近いのか を見ます。
そのうえで現職が実際に条件を満たしていないと分かれば、転職判断を見直して構いません。大切なのは、「今まだ慣れていない」という理由だけで、過去の選択全体を間違いだったことにしないことです。
5. まず10分でできること
紙やメモを二つに分け、左に「前職へ戻りたい理由」、右に「前職を辞めた理由」を3つずつ書いてください。次に左側の理由へ、それぞれ「会社そのもの」「慣れの利益」 のどちらかを付けます。
最後に一つだけ考えます。
「慣れていた安心感を除いても、私は前の会社へ戻りたいのか?」
それでも戻りたいと思うなら、前職や転職判断を再検討する価値があります。逆に、戻りたい理由の多くが「知っている人がいる」「仕事が分かる」「気を使わない」なら、後悔の一部は会社の良し悪しではなく、環境を作り直している途中の負担かもしれません。
6. まとめ:前職が良く見えることと、転職が間違いだったことは別
転職後は、何年もかけて作った前職の安心と、まだ情報も人間関係も少ない現職の不確実さを比べることになります。その結果、「前職に慣れていた」が「前職の方が良かった」へ変わり、「今つらい」が「転職は間違いだった」へ変わることがあります。 本当に転職判断を見直すべきなら見直して構いません。ただしその前に、前職の良さを「会社そのもの」と「慣れの利益」に分け、転職前に変えたかった条件も比較へ戻す。過去を悪く思い直すのでも、新しい会社を無理に好きになるのでもなく、同じ条件で二つの職場を比べ直すことが大切です。
参考文献
Ritchie, T. D., Batteson, T. J., Bohn, A., Crawford, M. T., Ferguson, G. V., Schrauf, R. W., Vogl, R. J., & Walker, W. R. (2015). A pancultural perspective on the fading affect bias in autobiographical memory. Memory, 23(2), 278–290.https://doi.org/10.1080/09658211.2014.884138
Mitchell, T. R., Thompson, L., Peterson, E., & Cronk, R. (1997). Temporal Adjustments in the Evaluation of Events: The “Rosy View”. Journal of Experimental Social Psychology, 33(4), 421–448.https://doi.org/10.1006/jesp.1997.1333
なぜ転職後、前の会社の方が良かったと思ってしまうのか?
転職したかったはずなのに、新しい会社で働き始めると「前の会社の方が良かったかもしれない」と思うことがあります。前職では仕事の流れが分かり、気軽に話せる人がいて、自分の役割も決まっていた。一方、新しい会社ではまだ分からないことが多く、何をするにも少し疲れます。すると、辞めたかった理由より前職の安心できた部分が浮かび、「転職しない方が良かったのでは」と後悔し始めます。しかし、慣れ切った前職と、まだ始まったばかりの新しい職場をそのまま比べれば、前職が有利に見えやすくなります。 この記事では、なぜ転職後に前の会社が良く見えるのかを行動科学から解説し、前職への未練と本当に転職判断を見直すべき状態を分けて考える方法を紹介します。
1. 辞めたかった会社なのに、離れてから良く思えてくる
いやで辞めた前職がよく思えて後悔しています。
転職して新しい会社で働き始めました。今の会社に大きな問題があるわけではありません。でも最近、「前の会社の方が良かったのでは」と考えることが増えています。
前職では誰に何を聞けばいいか分かっていましたし、自分の仕事もある程度自由に進められました。雑談できる人もいて、周囲も自分のことを分かってくれていました。今の会社では、その全部をまだ一から作っている途中です。
そんな日が続くうちに、「前の会社ならこんなに気を使わなかった」「あの人たちとは話しやすかった」「仕事も前の方が楽だった」と思うようになりました。嫌なことがあったから転職したはずなのに、その理由は以前ほど強く思い出せません。最近は、「転職しなければよかったのでは」「前の会社に戻れるなら戻った方がいいのでは」とまで考えています。
2. 転職後に「前の会社の方が良かった」と感じる3つのパターン
前職が良く見える理由は人によって違います。ただ、人間関係、仕事上の立場、条件など入口は違っても、すでに出来上がっていた前職と、まだ出来上がっていない現職を比べている点は共通しています。
今の職場の人が嫌いなわけではありません。でも、まだ誰とどこまで話していいのか分かりません。前の会社なら昼休みに話す人もいましたし、困ったときに相談できる相手もいました。辞める前はいろいろ不満もあったはずなのに、今思い出すのは一緒に働いていた人たちのことばかりです。あそこにはちゃんと自分の居場所があったのに、それを自分から捨ててしまったような気がします。
前職では任されている仕事も多く、周囲から得意不得意も理解されていました。今の会社ではまだ実績がないので、一から信頼を作らなければなりません。すると、前職で自由に動けていた頃がすごく良く思えてきます。転職してキャリアを前に進めるつもりだったのに、むしろ前の方が自分を活かせていたのではないかと思います。
転職後に改めて考えると、前職にもかなり良い部分があったと思います。仕事の勝手は分かっていましたし、人間関係も予測でき、評価のされ方も分かっていました。今の会社にはまだ分からないことが多く、その分だけ不確実に感じます。これなら前の会社に残った方が合理的だったのではないか。転職という判断自体を間違えた気がします。
ここで起きている構造:繰り返す有罪判決
人タイプは人間関係がうまくいかない日に前職の仲間を思い出し、大物タイプはまだ評価されていない日に以前の立場を思い出します。理屈タイプは新しい会社で分からないことが出るたび、前職の予測できた環境を思い出します。そしてそのたびに、「やっぱり転職しない方が良かったのでは」と過去の判断をもう一度裁きます。
現在のつまずきが起きるたび、過去の選択を裁き直し、「あの転職は間違いだった」と判決を出す。これが「繰り返す有罪判決」です。
ここで比較されている二つの会社は、同じ条件ではありません。前職には、何年かけて覚えた仕事、人間関係、社内ルール、周囲からの信用があります。現職にはそれがまだない。さらに前職を離れると、当時毎日起きていた不満は現在進行形ではなくなります。完成した前職の安心と、まだ作っている途中の現職の不確実さを比べれば、前職が良く見えやすくなります。
もちろん、転職して初めて前職の良さに気づき、本当に判断を見直すべき場合もあります。ただ、「前職の方が良く見える」こと自体は、「転職が間違いだった」ことの証明にはなりません。
データで見る:過去の嫌だった感情は、当時と同じ強さでは残らない
Ritchieら(2015)は、10の文化圏に住む562人から2,400件を超える自伝的な出来事を集め、出来事に伴う感情が時間とともにどう変化するかを調べました。その結果、すべてのサンプルで、ネガティブな出来事に伴う感情はポジティブな出来事に伴う感情より速く弱まる「fading affect bias」が確認されました。前職を直接調べた研究ではありませんが、過去の嫌だった出来事に伴う感情が、当時と同じ強さでは残らない可能性を考える材料になります。
Mitchellら(1997)は、ヨーロッパ旅行、感謝祭の休暇、3週間の自転車旅行という3つの調査で、出来事の前・最中・終了後の評価を比較しました。3研究とも、実際に体験している最中より、後から振り返った評価の方がポジティブになりました。仕事を対象にした研究ではありませんが、過去の経験の評価は、体験中の感覚をそのまま保存したものではないことを示しています。
3. 行動科学で解説:なぜ前の会社が実際以上に良く見えるのか
転職後の比較には大きな非対称があります。前職については、仕事の流れ、人間関係、評価、暗黙のルールまで知っています。一方、新しい会社については、まだ分からないことが多くあります。
その状態で比較すると、前職については「知っていたこと」「できていたこと」「安心できたこと」が目立ち、現職では「まだ分からないこと」が目立ちます。前職と現職の全部を比べているようで、実際には「前職の安心」と「現職の不確実さ」を比べていることがあります。
3つの理論で詳しく見る ▼
コア理論:フォーカシング錯覚 → 意味誤認:「慣れていた」を「前職の方が良かった」に変える
フォーカシング錯覚とは、ある一つの要素へ注意が集中すると、その要素が全体の評価に与える影響を実際以上に大きく見積もりやすくなる傾向です。
転職後には、「誰に聞けばいいか分からない」「まだ人間関係がない」「仕事の流れを知らない」といった不確実さが目立ちます。その状態で前職を思い出すと、「分かっていた」「慣れていた」という部分が強く見えます。
すると、慣れによる安心感を、会社そのものの良し悪しとして受け取りやすくなります。 「前職では楽だった」から「前職の方が良い会社だった」へ意味が変わる。これが、この場面での意味誤認です。
なぜ締切から逆算して、必要な時間を見積もれないのか?
なぜ仕事を丁寧にやりすぎて、時間がかかってしまうのか?
なぜ一つの仕事に集中できず、すぐ別の仕事へ移ってしまうのか?
サブ理論:利用可能性ヒューリスティック → フィードバック暴走:思い出しやすい前職の良さが、転職失敗の証拠になる
利用可能性ヒューリスティックとは、頭に浮かびやすい情報を重要な情報だと判断しやすい傾向です。
新しい職場で困ったとき、「前職では困らなかった」という具体的な場面が比較材料として浮かびます。一人で昼食を取れば以前話していた同僚を思い出し、判断に迷えば前職では迷わず進められた仕事を思い出します。
そうした思い出しやすい記憶を重く使うほど、前職全体まで良かったように評価しやすくなります。 今つらい → 前職の良かった場面を思い出す → 転職失敗だと感じる → 現職で困るたび、また前職を思い出す。これが、この場面でのフィードバック暴走です。
なぜ仕事で、確認してもミスばかりしてしまうのか?
なぜ仕事の優先順位をうまく決められないのか?
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補助理論:後知恵バイアス → 意味誤認:今のつらさから、「転職しない方が正しかった」と過去を読み直す
後知恵バイアスとは、結果を知ったあとで、その結果は以前から予測できたように感じやすくなる傾向です。
転職後に人間関係や仕事で苦労すると、「やっぱり転職なんてしない方がよかった」「前の会社に残るべきだった」と考えやすくなります。しかし転職前には、その時点での不満や将来への懸念があり、それを含めて転職を選んでいました。
現在のつらさという結果から過去を見直すほど、当時の判断材料が抜け落ち、「あの選択は最初から間違っていた」という結論に変わっていきます。 今の結果を基準に、当時の判断まで間違っていたと読み替えてしまう。これが、この場面での意味誤認です。
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なぜ仕事では、ろくに教えてもらっていないのに「臨機応変に対応して」と求められるのか?
なぜ仕事でミスをすると、必要以上に落ち込んでしまうのか?
構造の固定化:今がつらいほど、過去の転職判断が間違って見えてくる
新しい会社で不確実さを感じると、前職の安心できた場面を思い出します。すると前職が良く見え、「転職しなければよかった」と感じます。そして現職でまた嫌なことが起きれば、その出来事も「転職は間違いだった」という証拠になります。
現職で不確実さを感じる → 前職の安心を思い出す → 前職の方が良かったと感じる → 転職判断を後悔する → 現職で嫌なことが起きるたびに「あの選択は間違いだった」と裁き直す。
こうして前職そのものが変わったわけではないのに、現在との比較を繰り返すほど、過去の転職判断が悪い選択だったように見えていきます。
4. この構造をほどくには:前職と現職から「慣れ」の差を外して比べる
よくある失敗:前の会社と今の会社を、そのままメリット・デメリットで比較する
「前職と現職のメリット・デメリットを書き出せば客観的に判断できる」と考えがちです。しかし転職直後にそのまま比較すると、前職には「気軽に質問できる」「仕事が分かる」「評価されている」といった、長く働いたことで得た利益が大量に入ります。
一方、現職にはまだそれがありません。これでは会社を比較しているようで、「長くいた会社」と「入ったばかりの会社」を比較しているだけになることがあります。
攻略のヒント:「前職の方が良かった」ではなく、何が良かったのかを分ける
前職へ戻りたいと思ったときは、「前職の何が良かったのか」を具体化します。それが会社固有の良さだったのか、長く働いたことで得た安心だったのかを分けます。
同時に、転職前に何を変えたくて会社を出たのかも比較へ戻します。今の気分だけで過去を採点せず、転職前と転職後の情報を同じ場所へ戻すことがポイントです。
攻略1【分解】前職の良さを「会社の良さ」と「慣れの利益」に分ける
まず、「前の会社の方が良かった」と感じる理由を書き出します。
「給与が高かった」「残業が少なかった」は会社や条件そのものの違いです。一方、「誰に聞けばいいか分かった」「仕事の流れを知っていた」「話せる人がいた」は、長く働いたことで作られた慣れの利益でもあります。
もし今日初めて前職へ入社して、人間関係も信用も社内知識もゼロだったとしても、その会社を今より良いと思うか。 この問いを入れると、会社そのものの差と在籍期間の差を分けやすくなります。
攻略2【記録】「なぜ辞めたかったのか」を、今の記憶だけで作り直さない
前職を離れて時間が経つと、辞める前に感じていた不満の感情は弱くなることがあります。そこで、「確か嫌だったはず」と曖昧に思い出すのではなく、当時何が起きていたのかを事実で戻します。
給与、仕事内容、評価、上司、働き方、将来性など、転職前に変えたかったことを3つだけ書きます。 当時のメモや求人比較、応募時に決めた条件が残っていれば見返します。前職を悪く思い直すためではなく、比較から消えていた情報を戻すためです。
攻略3【外部基準】「どちらが楽か」ではなく、転職で欲しかった条件に戻る
最後に、前職と現職を「今どちらが楽か」で比べるのをやめます。代わりに、転職するときに実現したかった条件を基準にします。
仕事内容を変えたかったのか、給与を上げたかったのか、働き方を変えたかったのか、将来の選択肢を増やしたかったのか。転職前に変えたかった条件に対して、前職と現職のどちらが近いのかを見ます。
そのうえで現職が実際に条件を満たしていないと分かれば、転職判断を見直して構いません。大切なのは、「今まだ慣れていない」という理由だけで、過去の選択全体を間違いだったことにしないことです。
5. まず10分でできること
紙やメモを二つに分け、左に「前職へ戻りたい理由」、右に「前職を辞めた理由」を3つずつ書いてください。次に左側の理由へ、それぞれ「会社そのもの」「慣れの利益」のどちらかを付けます。
最後に一つだけ考えます。
「慣れていた安心感を除いても、私は前の会社へ戻りたいのか?」
それでも戻りたいと思うなら、前職や転職判断を再検討する価値があります。逆に、戻りたい理由の多くが「知っている人がいる」「仕事が分かる」「気を使わない」なら、後悔の一部は会社の良し悪しではなく、環境を作り直している途中の負担かもしれません。
6. まとめ:前職が良く見えることと、転職が間違いだったことは別
転職後は、何年もかけて作った前職の安心と、まだ情報も人間関係も少ない現職の不確実さを比べることになります。その結果、「前職に慣れていた」が「前職の方が良かった」へ変わり、「今つらい」が「転職は間違いだった」へ変わることがあります。 本当に転職判断を見直すべきなら見直して構いません。ただしその前に、前職の良さを「会社そのもの」と「慣れの利益」に分け、転職前に変えたかった条件も比較へ戻す。過去を悪く思い直すのでも、新しい会社を無理に好きになるのでもなく、同じ条件で二つの職場を比べ直すことが大切です。
参考文献
Ritchie, T. D., Batteson, T. J., Bohn, A., Crawford, M. T., Ferguson, G. V., Schrauf, R. W., Vogl, R. J., & Walker, W. R. (2015). A pancultural perspective on the fading affect bias in autobiographical memory. Memory, 23(2), 278–290.
https://doi.org/10.1080/09658211.2014.884138
Mitchell, T. R., Thompson, L., Peterson, E., & Cronk, R. (1997). Temporal Adjustments in the Evaluation of Events: The “Rosy View”. Journal of Experimental Social Psychology, 33(4), 421–448.
https://doi.org/10.1006/jesp.1997.1333
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