上司と仕事の進め方が合わないだけなのに、以前は嫌いではなかった仕事までつまらなくなり、「そもそも自分には向いていなかったのかも」と感じることがあります。でも、今感じている仕事への嫌さが、そのまま仕事内容との相性を示しているとは限りません。上司とのズレが仕事の体験そのものへ入り込み、いつの間にか両者を切り分けにくくなっていることがあるからです。この記事では、なぜそんな状態が起こるのかを行動科学から整理し、上司と無理に価値観を合わせずに仕事への手応えを取り戻す方法を考えます。
目次
1. 前は嫌いじゃなかった仕事なのに、最近は何をするにも気が重いです
転職したいほど仕事内容が嫌いなわけではないと思うんです。でも、最近は仕事のことを考えるだけで憂うつになります 。 今の上司になってから、仕事の進め方がかなり変わりました。私は取引先に提案するとき、ある程度話を聞いてから内容を組み立てたいのですが、上司は「そんなに考えなくていいから、まず数を当たって」と言います。資料を丁寧に作れば「そこに時間をかける意味ある?」と言われ、簡単に済ませると自分では納得できません。この前も、うまく提案できたと思った案件を報告したら、「それより今日は何件電話したの?」と聞かれました。間違ったことを言われているわけではないのですが、話すたびに「自分が大事にしているところは、ここではどうでもいいのかな」と感じます。 最近は、前なら普通にやっていた提案書を開くだけでも面倒になってきました。取引先と話していても、「どうせ後でまた上司に何か言われるんだろうな」と考えてしまいます。休みの日に求人を見ることも増えましたが、仕事内容を見ると今と似た仕事には少し興味があります。それなら仕事そのものが嫌いになったわけではないのかもしれません。でも月曜になるとやっぱり行きたくないし、「そもそもこの仕事が向いていなかったのかな」とも思います。前はそこまで嫌いではなかった仕事なのに、なぜ上司と合わないだけで、仕事そのものまで嫌になってしまうのでしょうか?
2. 上司との合わなさが、仕事そのものの嫌さへ広がる3つのパターン
関係を悪くしないよう合わせる人、自分のやり方を否定されたくない人、仕事として納得できる進め方を求める人では、上司とのぶつかり方が違います。それでも毎日の仕事を進めるたびに上司との摩擦が発生すれば、三タイプとも「上司が合わない」という問題と「この仕事が嫌だ」という感覚を切り離しにくくなっていきます。
人タイプ:配慮の自爆 大物タイプ:メンツの空回り 理屈タイプ:ロジックの孤立
このタイプのもやもや
私は、お客さんの話を聞いてから提案を考える方がやりやすいです。でも上司は「考える前に数を当たった方が早い」というタイプなので、最近は自分のやり方を出しすぎないようにしています。前なら「このお客さんにはもう少し聞いてから提案したい」と思えばそうしていたのに、今は先に「また細かいことを考えてると思われないかな」が浮かびます。毎回やり合いたいわけでもないので、とりあえず言われた通りに進めます。でも、お客さんと話していても以前ほど面白くありません。揉めないように合わせているだけなのに、自分がこの仕事で大事にしていたものまで少しずつどうでもよくなってきました。
このタイプのもやもや
上司から「そこまで資料を作り込む必要ないよ。まず件数を増やした方がいい」と言われるたびに、少し腹が立ちます。雑に仕事をしたいわけではないし、結果だって出してきたつもりです。だから最近は、「成果を出せば、自分のやり方が間違っていないと分かるはず」と思って、前より数字を意識するようになりました。でも案件がうまくいっても、うれしいより先に「これなら文句ないだろう」が出てきます。逆に失敗すると、仕事そのものより上司に何を言われるかが悔しいです。好きでちゃんとやろうとしていたはずなのに、いつの間にか仕事が“上司に自分の正しさを証明する場”みたいになっています。
このタイプのもやもや
私は、何を成果として見るのかが分かれば、その基準に合わせて仕事を組み立てられます。でも上司は「まず件数」と言う一方で、後から「もっと客のことを考えろ」と言うこともあります。件数も提案の質も必要だと思うので、どちらをどこまで優先するのか整理したくなります。数字や過去の案件を比べて自分なりの基準を作ろうとしますが、結局最後は上司の感覚で決まるので、また考え直します。最近は案件そのものより、「この人なら何を正解と言うんだろう」を考えている時間の方が長い気がします。仕事の筋を通したいだけなのに、正解を探し続けること自体に疲れて、仕事を考えるのも嫌になってきました。
ここで起きている構造:疲れる関係
三タイプがしていることは違います。人タイプは揉めないために自分のやり方を引っ込め、大物タイプは成果で自分のやり方を証明しようとし、理屈タイプは上司の正解を特定しようとします。それでも共通しているのは、本来の仕事だけを考えていればよかった場面で、毎回「上司とのズレをどう処理するか」まで考えなければならなくなっていること です。
すると、「提案する」「資料を作る」「取引先と話す」という仕事が、「上司に合わせながら提案する」「上司に否定されない資料を作る」「上司への報告まで考えながら取引先と話す」に変わります。仕事内容と上司との関係を切り離しにくくなり、仕事をするたびに関係調整のコストまで払うことになります。好き嫌い以前に、相手との関係を維持・調整するだけで消耗し、その疲れが仕事全体へ混ざっていく。これが、「疲れる関係」です。
補足:仕事内容と「上司との相性」は、同じものではない
Kristof-Brownら(2005)は、職場での「合う・合わない」に関する172研究、836の効果量をまとめ、本人と仕事、組織、集団、上司との適合が、仕事への態度やパフォーマンス、離職に関わる行動、ストレスなどとどう関係するかを検討しました。重要なのは、「仕事内容との適合」と「上司との適合」が別のものとして扱われている ことです。同じ仕事でも、誰の下でどう働くかまで含めて感じ方は変わりうるため、「今この仕事が嫌だ」という感覚だけから、すぐに仕事内容との相性まで決めることはできません。
また、Deci、Connell、Ryan(1989)は、企業の23人の管理職とその部下を対象に、部下の自己決定を支える関わり方と、行動を強くコントロールする関わり方の違いを調べています。管理職の関わり方は、部下の認知や感情、満足度と関連していました。これだけで「上司と合わなければ仕事が嫌いになる」と直接証明できるわけではありませんが、仕事の内容が同じでも、上司の関わり方によって、その仕事をどう経験するかが変わりうる ことを考える材料にはなります。
3. 行動科学で解説:なぜ「この上司と合わない」が「この仕事が嫌い」に変わるのか
仕事をしているとき、私たちは作業だけを経験しているわけではありません。自分なりに工夫できるか、何を大事にするかを自分でも選べるか、自分の判断を仕事へ反映できるかといった感覚も含めて「この仕事」を経験しています。そのため、仕事内容が変わっていなくても、毎回別の人の基準へ合わせるようになると、以前と同じ仕事をしている感覚は少しずつ失われていきます。
さらに、同じ仕事の場面で上司とのズレや否定を何度も経験すると、嫌なのは上司との会話だけでは済まなくなります。資料を開く、案件を考える、報告するといった仕事の場面そのものにも重さがついてきます。そこで仕事への関わり方まで変われば、以前なら得られていた面白さも減っていきます。「この上司の下で働くのがしんどい」と「この仕事そのものがしんどい」が、少しずつ同じ感覚に見えてくるのです。
3つの理論で詳しく見る
コア理論:自己決定理論 ― 自分なりに仕事をする感覚がなくなる|自律欠乏
自己決定理論では、人の動機づけを考えるうえで、自律性・有能感・関係性といった心理的欲求を重視します。ここでいう自律性は、「誰にも指示されず好き勝手に働ける」という意味ではありません。必要な制約があっても、自分が納得できる理由を持ち、自分の行動を自分でも選んでいると感じられること です。
今回の三タイプは、上司の指示に従うこと自体で苦しくなっているわけではありません。人タイプは顧客への配慮、大物タイプは良い仕事をしたいという誇り、理屈タイプは判断の筋道と、それぞれ自分なりの仕事の基準を持っています。それが毎回「上司ならどうするか」に置き換わるほど、仕事は自分が取り組むものではなく、上司の正解を実行するものへ近づきます。自分が仕事を選び、動かしている感覚が弱まり、他人の基準に従うことが中心になる。これが、自律欠乏です。
サブ理論:古典的条件付け ― 上司との嫌なやり取りが、仕事の場面そのものにくっつく|意味誤認
古典的条件付けとは、もともとは特別な反応を起こさなかったものでも、嫌な経験や心地よい経験と繰り返し一緒に現れることで、それ自体が感情や身体反応を呼び起こすようになる仕組みです。嫌なやり取りが何度も同じ場面で起きれば、その相手がいなくても、場所や作業をきっかけに気が重くなることがあります。
今回の場合、提案書を作れば後で何か言われる、案件を考えれば別の基準を求められる、報告すれば大事にしていた部分とは違うところを見られる。これが続くと、資料を開くことや案件を考えること自体でも嫌な感覚が出るようになります。ただ、仕事をして嫌な気分になることと、仕事内容そのものが嫌いであることは同じではありません。 そこで「こんなに嫌なのだから、自分はこの仕事内容自体が嫌いなんだ」と読むと、上司との文脈で生まれた感情を仕事内容の意味として受け取ることになります。これが、意味誤認です。
補助理論:フィードバックループ ― 「仕事が嫌だ」が、仕事を嫌になる経験をさらに増やす|意味誤認
フィードバックループとは、ある行動や結果が次の行動を変え、その変化がさらに最初の結果を強める循環です。今回重要なのは、上司との相性によって仕事が重くなったあと、その「仕事が重い」という状態自体が、さらに仕事を嫌になる経験を作り始めること です。
仕事が気重になると、自分なりに工夫したり、面白そうな案件へ踏み込んだりすることが減ります。すると、以前なら得られていた「うまく提案できた」「お客さんとのやり取りが面白かった」といった良い経験まで少なくなります。上司との関係で仕事がつらくなる → 仕事への関わりが薄くなる → 良い仕事体験が減る → 「やっぱりこの仕事が嫌いだ」と感じる → さらに関わらなくなる。 こうして、最初は上司との関係から始まった嫌さでも、「この仕事自体が嫌い」という見え方を自分で補強する循環ができます。
構造の固定化:上司とのズレが、「この仕事が嫌い」という証拠を自分で増やしていく
最初にあるのは、「自分ならこう進めたい」と「上司はこう進めてほしい」という仕事上のズレです。そこで衝突を避けたり、成果で認めさせようとしたり、上司の正解を探したりするほど、自分で仕事を動かしている感覚は小さくなります。さらに、そのズレを何度も経験することで、仕事そのものにも嫌な感覚が結びつきます。自分の基準を引っ込める → 他人に動かされる仕事になる → 仕事の場面に上司との嫌な経験が重なる → 「この仕事自体が嫌なのかも」と感じる。
そこから仕事への関わりが減ると、以前なら得られていた良い仕事体験も少なくなります。すると「最近この仕事をしていて面白くない」という事実が増え、それが「やっぱり自分はこの仕事が嫌いなんだ」「向いていないんだ」という新しい根拠になります。上司との関係で仕事が嫌になる → 関わりが減る → 面白い経験が減る → さらに仕事が嫌になる。 こうして「疲れる関係」が仕事全体へ入り込み、上司との相性と仕事内容そのものの評価が、ますます切り分けにくくなっていくのです。
4. この構造をほどくには:上司の基準を「仕事全部の正解」にしない
よくある方法論の間違い
よくある失敗:上司と価値観をすり合わせようとする
上司と仕事の進め方が合わないと、「一度きちんと話して、お互いの考えを理解した方がいい」と考えがちです。もちろん、認識違いなら話し合いで解消することもあります。ただ今回のように、上司は件数を重視し、本人は顧客を理解してから提案したいという場合、どちらかが間違っているとは限りません。そこで「どちらの仕事観が正しいか」まで合わせようとすると、仕事をするたびにまた上司の価値観を処理することになります。自分の仕事を取り戻したいのに、上司との関係調整をさらに増やしてしまうのです。
理不尽構造攻略のヒント
攻略のヒント:「何を求められているか」と「どうやるか」を分ける
見るべきなのは、上司と価値観が一致するかではありません。上司が求めている成果や最低条件と、その条件を満たすための具体的なやり方は別です。「まず件数を増やしてほしい」が要求なら、その条件は受け取る。ただし、その一言を「顧客を丁寧に見る必要はない」「自分のやり方は全部間違い」という意味まで広げない。 求められている部分と、自分で決められる部分を切り分けることが、自分の仕事を取り戻す入口になります。
攻略1【分解】上司が求める条件と、自分で決められる部分を分ける
まず、上司の要求を「仕事全体の正解」ではなく、満たすべき条件として取り出します。今回なら「まず件数を当たれ」と言われているなら、求められている件数や期限は仕事上の条件として受け取ります。そのうえで、どの顧客を深く見るか、何を聞くか、どこまで提案を作り込むかまで上司の価値観に置き換える必要があるのか を分けます。
たとえば、「求められている件数は満たす」「その中で反応の良い顧客には時間を使う」「提案の組み立て方は自分で工夫する」と分けられれば、上司の要求を無視せずに自分で決める領域を残せます。これまで毎回「上司に合わせるか、自分のやり方を通すか」と考えていた仕事が、条件は満たし、その内側は自分で決める仕事 へ変わります。
攻略2【小さく試す】自分で決められる部分を、一つだけ戻してみる
境界が見えたら、いきなり以前の働き方へ全部戻す必要はありません。次の一案件だけ、「相手の話を少し深く聞く」「提案の順番を自分なりに変える」など、自分で決められる部分を一つ戻します。上司が求める条件は満たしたまま、その内側だけ変えるのがポイントです。
そこで以前のような面白さや手応えが戻るなら、「仕事内容そのものが嫌い」というより、自分で仕事を動かせなくなっていたことが嫌さを強めていた 可能性が見えてきます。逆に、自分なりに仕事をしてもやはり苦しいなら、仕事内容そのものとの相性を考える材料になります。上司との相性と、仕事との相性をここで初めて別々に確かめられます。
攻略3【外部基準】仕事の良し悪しを、上司の反応だけで決めない
上司と価値観が合わない状態が続くと、「上司に評価されたか」が仕事全体の評価になりやすくなります。そこで、顧客の反応、成果、やり直しの少なさ、かかった時間など、上司の好みとは別に確認できる基準も残しておきます。
これは上司の評価を無視するためではありません。「上司はこのやり方を好まない」と「このやり方には価値がない」を同じにしないため です。上司以外の基準でも仕事の結果を見られるようになると、自分なりの工夫が本当に機能しているのかも確かめられます。仕事の評価軸が一人の価値観だけに吸収されなくなるほど、自分で仕事を組み立てる感覚も戻りやすくなります。
5. まず10分でできること:今の仕事を「求められていること」と「自分で決められること」に分ける
最近、上司とやり方が合わないと感じた仕事を一つだけ選びます。その仕事について、「上司が実際に求めている条件」と「その条件を満たしたうえで、自分で決められそうな部分」をそれぞれ一つ書いてください。
たとえば、「求められていること:接触件数を増やす」「自分で決められること:どの顧客を深く聞くか」のような形で十分です。上司との関係全体を整理する必要はありません。一つの仕事について、“ここまでは条件、ここからは自分で決められる”と分けられたら完了です。
6. まとめ:上司と合わないことと、仕事が合わないことは同じではない
上司と仕事の基準が合わない状態が続くと、仕事内容だけでなく、毎回その人との価値観まで処理しながら働くことになります。そこで上司の基準を仕事全体の正解として受け取るほど、自分で決める感覚が減り、上司との嫌な経験まで仕事そのものへ結びついていきます。その結果、「この上司の下で働くのが嫌だ」と「この仕事が嫌いだ」が見分けにくくなります。
必要なのは、上司と同じ価値観になることではありません。求められている条件と、自分で決められる部分を分け、その内側で自分なりの仕事をもう一度してみること です。上司の要求を残したまま自分の裁量を戻せれば、仕事への手応えも確かめ直せます。そこで面白さが戻るのか、それでも仕事自体が合わないのかを見ることで、上司との相性と仕事内容への評価を別々に判断できるようになります。
参考文献
Kristof-Brown, A. L., Zimmerman, R. D., & Johnson, E. C. (2005). Consequences of Individuals’ Fit at Work: A Meta-Analysis of Person–Job, Person–Organization, Person–Group, and Person–Supervisor Fit. Personnel Psychology, 58(2), 281–342.https://doi.org/10.1111/j.1744-6570.2005.00672.x
Deci, E. L., Connell, J. P., & Ryan, R. M. (1989). Self-Determination in a Work Organization. Journal of Applied Psychology, 74(4), 580–590.https://doi.org/10.1037/0021-9010.74.4.580
Rescorla, R. A. (1988). Behavioral Studies of Pavlovian Conditioning. Annual Review of Neuroscience, 11, 329–352.https://doi.org/10.1146/annurev.ne.11.030188.001553
Sterman, J. D. (1989). Misperceptions of Feedback in Dynamic Decision Making. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 43(3), 301–335.https://doi.org/10.1016/0749-5978(89)90041-1
なぜ上司と合わないと、仕事そのものまで嫌になってしまうのか?
上司と仕事の進め方が合わないだけなのに、以前は嫌いではなかった仕事までつまらなくなり、「そもそも自分には向いていなかったのかも」と感じることがあります。でも、今感じている仕事への嫌さが、そのまま仕事内容との相性を示しているとは限りません。上司とのズレが仕事の体験そのものへ入り込み、いつの間にか両者を切り分けにくくなっていることがあるからです。この記事では、なぜそんな状態が起こるのかを行動科学から整理し、上司と無理に価値観を合わせずに仕事への手応えを取り戻す方法を考えます。
1. 前は嫌いじゃなかった仕事なのに、最近は何をするにも気が重いです
転職したいほど仕事内容が嫌いなわけではないと思うんです。でも、最近は仕事のことを考えるだけで憂うつになります。
今の上司になってから、仕事の進め方がかなり変わりました。私は取引先に提案するとき、ある程度話を聞いてから内容を組み立てたいのですが、上司は「そんなに考えなくていいから、まず数を当たって」と言います。資料を丁寧に作れば「そこに時間をかける意味ある?」と言われ、簡単に済ませると自分では納得できません。この前も、うまく提案できたと思った案件を報告したら、「それより今日は何件電話したの?」と聞かれました。間違ったことを言われているわけではないのですが、話すたびに「自分が大事にしているところは、ここではどうでもいいのかな」と感じます。
最近は、前なら普通にやっていた提案書を開くだけでも面倒になってきました。取引先と話していても、「どうせ後でまた上司に何か言われるんだろうな」と考えてしまいます。休みの日に求人を見ることも増えましたが、仕事内容を見ると今と似た仕事には少し興味があります。それなら仕事そのものが嫌いになったわけではないのかもしれません。でも月曜になるとやっぱり行きたくないし、「そもそもこの仕事が向いていなかったのかな」とも思います。前はそこまで嫌いではなかった仕事なのに、なぜ上司と合わないだけで、仕事そのものまで嫌になってしまうのでしょうか?
2. 上司との合わなさが、仕事そのものの嫌さへ広がる3つのパターン
関係を悪くしないよう合わせる人、自分のやり方を否定されたくない人、仕事として納得できる進め方を求める人では、上司とのぶつかり方が違います。それでも毎日の仕事を進めるたびに上司との摩擦が発生すれば、三タイプとも「上司が合わない」という問題と「この仕事が嫌だ」という感覚を切り離しにくくなっていきます。
私は、お客さんの話を聞いてから提案を考える方がやりやすいです。でも上司は「考える前に数を当たった方が早い」というタイプなので、最近は自分のやり方を出しすぎないようにしています。前なら「このお客さんにはもう少し聞いてから提案したい」と思えばそうしていたのに、今は先に「また細かいことを考えてると思われないかな」が浮かびます。毎回やり合いたいわけでもないので、とりあえず言われた通りに進めます。でも、お客さんと話していても以前ほど面白くありません。揉めないように合わせているだけなのに、自分がこの仕事で大事にしていたものまで少しずつどうでもよくなってきました。
上司から「そこまで資料を作り込む必要ないよ。まず件数を増やした方がいい」と言われるたびに、少し腹が立ちます。雑に仕事をしたいわけではないし、結果だって出してきたつもりです。だから最近は、「成果を出せば、自分のやり方が間違っていないと分かるはず」と思って、前より数字を意識するようになりました。でも案件がうまくいっても、うれしいより先に「これなら文句ないだろう」が出てきます。逆に失敗すると、仕事そのものより上司に何を言われるかが悔しいです。好きでちゃんとやろうとしていたはずなのに、いつの間にか仕事が“上司に自分の正しさを証明する場”みたいになっています。
私は、何を成果として見るのかが分かれば、その基準に合わせて仕事を組み立てられます。でも上司は「まず件数」と言う一方で、後から「もっと客のことを考えろ」と言うこともあります。件数も提案の質も必要だと思うので、どちらをどこまで優先するのか整理したくなります。数字や過去の案件を比べて自分なりの基準を作ろうとしますが、結局最後は上司の感覚で決まるので、また考え直します。最近は案件そのものより、「この人なら何を正解と言うんだろう」を考えている時間の方が長い気がします。仕事の筋を通したいだけなのに、正解を探し続けること自体に疲れて、仕事を考えるのも嫌になってきました。
ここで起きている構造:疲れる関係
三タイプがしていることは違います。人タイプは揉めないために自分のやり方を引っ込め、大物タイプは成果で自分のやり方を証明しようとし、理屈タイプは上司の正解を特定しようとします。それでも共通しているのは、本来の仕事だけを考えていればよかった場面で、毎回「上司とのズレをどう処理するか」まで考えなければならなくなっていることです。
すると、「提案する」「資料を作る」「取引先と話す」という仕事が、「上司に合わせながら提案する」「上司に否定されない資料を作る」「上司への報告まで考えながら取引先と話す」に変わります。仕事内容と上司との関係を切り離しにくくなり、仕事をするたびに関係調整のコストまで払うことになります。好き嫌い以前に、相手との関係を維持・調整するだけで消耗し、その疲れが仕事全体へ混ざっていく。これが、「疲れる関係」です。
補足:仕事内容と「上司との相性」は、同じものではない
Kristof-Brownら(2005)は、職場での「合う・合わない」に関する172研究、836の効果量をまとめ、本人と仕事、組織、集団、上司との適合が、仕事への態度やパフォーマンス、離職に関わる行動、ストレスなどとどう関係するかを検討しました。重要なのは、「仕事内容との適合」と「上司との適合」が別のものとして扱われていることです。同じ仕事でも、誰の下でどう働くかまで含めて感じ方は変わりうるため、「今この仕事が嫌だ」という感覚だけから、すぐに仕事内容との相性まで決めることはできません。
また、Deci、Connell、Ryan(1989)は、企業の23人の管理職とその部下を対象に、部下の自己決定を支える関わり方と、行動を強くコントロールする関わり方の違いを調べています。管理職の関わり方は、部下の認知や感情、満足度と関連していました。これだけで「上司と合わなければ仕事が嫌いになる」と直接証明できるわけではありませんが、仕事の内容が同じでも、上司の関わり方によって、その仕事をどう経験するかが変わりうることを考える材料にはなります。
3. 行動科学で解説:なぜ「この上司と合わない」が「この仕事が嫌い」に変わるのか
仕事をしているとき、私たちは作業だけを経験しているわけではありません。自分なりに工夫できるか、何を大事にするかを自分でも選べるか、自分の判断を仕事へ反映できるかといった感覚も含めて「この仕事」を経験しています。そのため、仕事内容が変わっていなくても、毎回別の人の基準へ合わせるようになると、以前と同じ仕事をしている感覚は少しずつ失われていきます。
さらに、同じ仕事の場面で上司とのズレや否定を何度も経験すると、嫌なのは上司との会話だけでは済まなくなります。資料を開く、案件を考える、報告するといった仕事の場面そのものにも重さがついてきます。そこで仕事への関わり方まで変われば、以前なら得られていた面白さも減っていきます。「この上司の下で働くのがしんどい」と「この仕事そのものがしんどい」が、少しずつ同じ感覚に見えてくるのです。
3つの理論で詳しく見る
コア理論:自己決定理論 ― 自分なりに仕事をする感覚がなくなる|自律欠乏
自己決定理論では、人の動機づけを考えるうえで、自律性・有能感・関係性といった心理的欲求を重視します。ここでいう自律性は、「誰にも指示されず好き勝手に働ける」という意味ではありません。必要な制約があっても、自分が納得できる理由を持ち、自分の行動を自分でも選んでいると感じられることです。
今回の三タイプは、上司の指示に従うこと自体で苦しくなっているわけではありません。人タイプは顧客への配慮、大物タイプは良い仕事をしたいという誇り、理屈タイプは判断の筋道と、それぞれ自分なりの仕事の基準を持っています。それが毎回「上司ならどうするか」に置き換わるほど、仕事は自分が取り組むものではなく、上司の正解を実行するものへ近づきます。自分が仕事を選び、動かしている感覚が弱まり、他人の基準に従うことが中心になる。これが、自律欠乏です。
なぜ上司と合わないと、仕事そのものまで嫌になってしまうのか?
なぜ得意だったはずの仕事が、できなくなるのか?
なぜ退職の話し合いでは、上司のペースに巻き込まれるのか?
サブ理論:古典的条件付け ― 上司との嫌なやり取りが、仕事の場面そのものにくっつく|意味誤認
古典的条件付けとは、もともとは特別な反応を起こさなかったものでも、嫌な経験や心地よい経験と繰り返し一緒に現れることで、それ自体が感情や身体反応を呼び起こすようになる仕組みです。嫌なやり取りが何度も同じ場面で起きれば、その相手がいなくても、場所や作業をきっかけに気が重くなることがあります。
今回の場合、提案書を作れば後で何か言われる、案件を考えれば別の基準を求められる、報告すれば大事にしていた部分とは違うところを見られる。これが続くと、資料を開くことや案件を考えること自体でも嫌な感覚が出るようになります。ただ、仕事をして嫌な気分になることと、仕事内容そのものが嫌いであることは同じではありません。そこで「こんなに嫌なのだから、自分はこの仕事内容自体が嫌いなんだ」と読むと、上司との文脈で生まれた感情を仕事内容の意味として受け取ることになります。これが、意味誤認です。
なぜ上司と合わないと、仕事そのものまで嫌になってしまうのか?
なぜ上司が怖いと、何も言われていないときまで萎縮してしまうのか?
なぜ退職後、未払い残業代があっても請求を諦めてしまうのか?
補助理論:フィードバックループ ― 「仕事が嫌だ」が、仕事を嫌になる経験をさらに増やす|意味誤認
フィードバックループとは、ある行動や結果が次の行動を変え、その変化がさらに最初の結果を強める循環です。今回重要なのは、上司との相性によって仕事が重くなったあと、その「仕事が重い」という状態自体が、さらに仕事を嫌になる経験を作り始めることです。
仕事が気重になると、自分なりに工夫したり、面白そうな案件へ踏み込んだりすることが減ります。すると、以前なら得られていた「うまく提案できた」「お客さんとのやり取りが面白かった」といった良い経験まで少なくなります。上司との関係で仕事がつらくなる → 仕事への関わりが薄くなる → 良い仕事体験が減る → 「やっぱりこの仕事が嫌いだ」と感じる → さらに関わらなくなる。こうして、最初は上司との関係から始まった嫌さでも、「この仕事自体が嫌い」という見え方を自分で補強する循環ができます。
なぜ上司と合わないと、仕事そのものまで嫌になってしまうのか?
なぜ上司は、黙って頑張る部下ほど仕事を増やすのか?
なぜ仕事をしているのに、いつまでも終わらないのか?次々降ってくる仕事への対処
構造の固定化:上司とのズレが、「この仕事が嫌い」という証拠を自分で増やしていく
最初にあるのは、「自分ならこう進めたい」と「上司はこう進めてほしい」という仕事上のズレです。そこで衝突を避けたり、成果で認めさせようとしたり、上司の正解を探したりするほど、自分で仕事を動かしている感覚は小さくなります。さらに、そのズレを何度も経験することで、仕事そのものにも嫌な感覚が結びつきます。自分の基準を引っ込める → 他人に動かされる仕事になる → 仕事の場面に上司との嫌な経験が重なる → 「この仕事自体が嫌なのかも」と感じる。
そこから仕事への関わりが減ると、以前なら得られていた良い仕事体験も少なくなります。すると「最近この仕事をしていて面白くない」という事実が増え、それが「やっぱり自分はこの仕事が嫌いなんだ」「向いていないんだ」という新しい根拠になります。上司との関係で仕事が嫌になる → 関わりが減る → 面白い経験が減る → さらに仕事が嫌になる。こうして「疲れる関係」が仕事全体へ入り込み、上司との相性と仕事内容そのものの評価が、ますます切り分けにくくなっていくのです。
4. この構造をほどくには:上司の基準を「仕事全部の正解」にしない
よくある失敗:上司と価値観をすり合わせようとする
上司と仕事の進め方が合わないと、「一度きちんと話して、お互いの考えを理解した方がいい」と考えがちです。もちろん、認識違いなら話し合いで解消することもあります。ただ今回のように、上司は件数を重視し、本人は顧客を理解してから提案したいという場合、どちらかが間違っているとは限りません。そこで「どちらの仕事観が正しいか」まで合わせようとすると、仕事をするたびにまた上司の価値観を処理することになります。自分の仕事を取り戻したいのに、上司との関係調整をさらに増やしてしまうのです。
攻略のヒント:「何を求められているか」と「どうやるか」を分ける
見るべきなのは、上司と価値観が一致するかではありません。上司が求めている成果や最低条件と、その条件を満たすための具体的なやり方は別です。「まず件数を増やしてほしい」が要求なら、その条件は受け取る。ただし、その一言を「顧客を丁寧に見る必要はない」「自分のやり方は全部間違い」という意味まで広げない。求められている部分と、自分で決められる部分を切り分けることが、自分の仕事を取り戻す入口になります。
攻略1【分解】上司が求める条件と、自分で決められる部分を分ける
まず、上司の要求を「仕事全体の正解」ではなく、満たすべき条件として取り出します。今回なら「まず件数を当たれ」と言われているなら、求められている件数や期限は仕事上の条件として受け取ります。そのうえで、どの顧客を深く見るか、何を聞くか、どこまで提案を作り込むかまで上司の価値観に置き換える必要があるのかを分けます。
たとえば、「求められている件数は満たす」「その中で反応の良い顧客には時間を使う」「提案の組み立て方は自分で工夫する」と分けられれば、上司の要求を無視せずに自分で決める領域を残せます。これまで毎回「上司に合わせるか、自分のやり方を通すか」と考えていた仕事が、条件は満たし、その内側は自分で決める仕事へ変わります。
攻略2【小さく試す】自分で決められる部分を、一つだけ戻してみる
境界が見えたら、いきなり以前の働き方へ全部戻す必要はありません。次の一案件だけ、「相手の話を少し深く聞く」「提案の順番を自分なりに変える」など、自分で決められる部分を一つ戻します。上司が求める条件は満たしたまま、その内側だけ変えるのがポイントです。
そこで以前のような面白さや手応えが戻るなら、「仕事内容そのものが嫌い」というより、自分で仕事を動かせなくなっていたことが嫌さを強めていた可能性が見えてきます。逆に、自分なりに仕事をしてもやはり苦しいなら、仕事内容そのものとの相性を考える材料になります。上司との相性と、仕事との相性をここで初めて別々に確かめられます。
攻略3【外部基準】仕事の良し悪しを、上司の反応だけで決めない
上司と価値観が合わない状態が続くと、「上司に評価されたか」が仕事全体の評価になりやすくなります。そこで、顧客の反応、成果、やり直しの少なさ、かかった時間など、上司の好みとは別に確認できる基準も残しておきます。
これは上司の評価を無視するためではありません。「上司はこのやり方を好まない」と「このやり方には価値がない」を同じにしないためです。上司以外の基準でも仕事の結果を見られるようになると、自分なりの工夫が本当に機能しているのかも確かめられます。仕事の評価軸が一人の価値観だけに吸収されなくなるほど、自分で仕事を組み立てる感覚も戻りやすくなります。
5. まず10分でできること:今の仕事を「求められていること」と「自分で決められること」に分ける
最近、上司とやり方が合わないと感じた仕事を一つだけ選びます。その仕事について、「上司が実際に求めている条件」と「その条件を満たしたうえで、自分で決められそうな部分」をそれぞれ一つ書いてください。
たとえば、「求められていること:接触件数を増やす」「自分で決められること:どの顧客を深く聞くか」のような形で十分です。上司との関係全体を整理する必要はありません。一つの仕事について、“ここまでは条件、ここからは自分で決められる”と分けられたら完了です。
6. まとめ:上司と合わないことと、仕事が合わないことは同じではない
上司と仕事の基準が合わない状態が続くと、仕事内容だけでなく、毎回その人との価値観まで処理しながら働くことになります。そこで上司の基準を仕事全体の正解として受け取るほど、自分で決める感覚が減り、上司との嫌な経験まで仕事そのものへ結びついていきます。その結果、「この上司の下で働くのが嫌だ」と「この仕事が嫌いだ」が見分けにくくなります。
必要なのは、上司と同じ価値観になることではありません。求められている条件と、自分で決められる部分を分け、その内側で自分なりの仕事をもう一度してみることです。上司の要求を残したまま自分の裁量を戻せれば、仕事への手応えも確かめ直せます。そこで面白さが戻るのか、それでも仕事自体が合わないのかを見ることで、上司との相性と仕事内容への評価を別々に判断できるようになります。
参考文献
Kristof-Brown, A. L., Zimmerman, R. D., & Johnson, E. C. (2005). Consequences of Individuals’ Fit at Work: A Meta-Analysis of Person–Job, Person–Organization, Person–Group, and Person–Supervisor Fit. Personnel Psychology, 58(2), 281–342.
https://doi.org/10.1111/j.1744-6570.2005.00672.x
Deci, E. L., Connell, J. P., & Ryan, R. M. (1989). Self-Determination in a Work Organization. Journal of Applied Psychology, 74(4), 580–590.
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